脱出とお嬢様 3
魔法陣の光は大きさを増し、直接見るのが難しくなって来た。
そして、桔梗さんは詠唱が終わったのか無言になったと思ったその時——
「おいでなさい、冥府の牙よ。その顎<あぎと>で眼前のありとあらゆるモノをほふりなさい。うふっ」
そういうと魔法陣はさらに光が強くなり陣からナニかが現れた。
召喚魔法が終わり、俺は何者か確認すると、白い毛皮に覆われ四本の足を地面につけたオオカミだった。
大きさは馬車——リサが村に乗ってきた馬車位だろうか。
そしてオオカミはジッと俺達、いや俺をにらんでいる。
俺、何かしましたっけ?
低いうなり声を上げながら、一歩一歩ゆっくりと前に出てくる。
「リサ、後ろに下がって距離を取って!! ソフィアさん達は、さらに後方に。絶対に攻撃は仕掛けないで下さい」
俺は、みんなに指示を出す。
「俺がコイツの戦闘力を確かめますっ!!」
そう言いながら、オオカミの横に回り込むように距離をつめていく。
まずはこの巨体に俺の攻撃が聞くのかを確かめなくては。
「まず、これは通じるか!!」
俺は、魔導銃の引き金を連続で引く。
「グアッ。……グルルゥ」
弾が当たったところを確認するが、たいしてダメージはないようだ。
これだと何十発、何百発を当てないと意味がないな。
まあ、これで刃物でもダメージをあたえることできる事は確認できた。
あとは、どう倒すかだが……
「ユウちゃん、そんなに余裕ぶってて良いのかしら? 世の中はもっと厳しいのよ」
「え?」
その時、オオカミが巨体をこちらに向けて走り出してきた。
速い!!
オオカミはあっという間に、俺の目の前まで詰めて大きな口を開ける。
「やられてたまるか!!」
俺は、上体をそらし噛みつきをよけ、顔に向け魔導銃を構え——突然、横から大きな衝撃を受け飛ばされる。
地面に叩きつけられた俺は「がはっ」と、一瞬息が出来なくなり苦痛の声を上げる。
「ユウ、大丈夫?」
リサが駆けより起きあげてくれる。
「ああ、大丈夫だよ。今、なにが起きた?」
「前足でなぎ払われたのよ」
前足? 全然見えなかった……
その時、右脇腹にズキッと痛みが走る。
「くっ!!」
「どこか痛めたのね」
この痛み、あばら辺りにひびでも入ったかな。
「大丈夫だよ。それよりさっきので分かったけど、俺達の攻撃でも効くようだよ。あと分かったのは、接近戦は無理だ。俺でも対応出来なかったから。あの巨体で、あのスピードがあっては厳しいよ」
「そうね、ユウでも対応出来ないなら無理ね。それなら遠距離?」
「ああ。リサの攻撃魔法で一番強力なのは?」
リサは、少し考える。
「一番強力と言ったら……炎と雷かしら。どちらも詠唱に時間がかかるけど、わたくしが使える魔法では強力よ」
「どのくらい?」
「炎が三十秒、雷の方が二十五秒くらいよ」
炎と雷か……
「分かった。雷にしようか。俺が囮で時間を稼ぐから、合図したら目標めがけて放ってくれ」
「でも、当たっても効くとは限らないわよ」
「大丈夫だよ。魔獣クラスでも、外はダメでも中はいけるさ」
「中?」
俺は、魔導銃の薬莢を抜き、ペイジから貰った三発の魔導弾を装填する。
「さて、今持てる最高の戦力で倒そう」
「もしダメだったら……」
「……その時はその時で考えよう」
まあ、やるしかないよ。
「それじゃあ、詠唱をよろしく」
リサは「え、ええ」と言い詠唱を始める。
俺は、オオカミに向けて走り出す。
オオカミも望むところだと言うように俺に突進してくる。
俺は、オオカミとぶつかる直前に横に体勢をずらし魔導弾を放つ。
「まずは一つ」
文献にあったように魔導弾から光の柱が放たれる。
「うっ!!」
予想以上に威力が強かったので、反動が強く脇腹に響く。
「グアアアアアアアッ」
オオカミへのダメージは……おお! 左肩に黒く焦げた跡が残ってる。
怯んでる隙に、俺はすかさずもう一発同じ箇所に向けて放つ。
「次に二つ」
「グアアアッ」
良し、いけるぞ。
ラスト一発を狙おうとした時、オオカミは傷口を庇うように身を翻した。
「接近戦は、避けたいんだけどしかたない!!」
俺は、オオカミとの距離を詰める。
オオカミの噛みつき、そして三度前足でのなぎ払いをかわし、反動を利用してソードブレイカーで顔に切りつける。
「グアッ」
さっきと同じパターンの攻撃だった為、なんとか躱せたって所だな。
そして、横に回り込み、左肩めがけて魔導弾を放つ。
「これで三つ」
その時、「準備ができましたわ!!」とリサの声が聞こえた。
俺はオオカミの左肩に、ソードブレイカーを深く突き刺す。
「リサ!! このソードブレイカーが目標だ。撃て!!」
「わかりましたわ。 雷よ!!」
リサの魔法は、見事ソードブレイカーに命中し、オオカミの体内を駆け巡る。
「グアアアアアアアアアアアッ!!」
オオカミは、大きくうなりそのまま倒れ、動かなくなる。
プスプスと音とともに肉が焼けた臭いが漂う。
倒せたか?
桔梗さんを見ると、真剣な顔でこちらを見つめるのみだった。
ん? なにか話をしても良いものなんだけど……
「や、やりましたわね。あれ?」
リサは、かくんと地面に膝をつく。
俺は、リサのもとまで向かい「大丈夫か?」とたずねる。
「問題ありませんわ。魔力消費が大きい魔法を使ったからよろけただけですわ」
「ほっ。一大事じゃなくて良かったよ」
「ありがとう。これぐらい心配いりませんわ」
どうやら魔力のみでケガとかはないようだな。
「ユウちゃーん。その子をなめない方が良いわよー。何てったってケルベロスなんだからー」
桔梗さんがのんきな声で俺に言ってくる。
ケルベロス?
それってかなり上位の魔獣じゃないか。
桔梗さんは『冥府の牙』と言った……それって『地獄の番犬』ケルベロスの事なのか。
それじゃあ、今の攻撃で倒せてないかも——
「ユウ!! 後ろー!!」
遠くにいるソフィアさんが叫ぶ。
まさか!?
「ガアアアアアアアアアアアアアア!!」
後ろから雄叫びが聞こえる。
振り返った俺は、ボロボロのオオカミ改めケルベロスの口元に、何かエネルギーが集まるのが見えた。
「まずい、何か来る!!」
同時にケルベロスから巨大な火球が放たれる。
「リサ!!」
俺は、とっさにリサを抱きしめ火球から逃れるため横に飛ぶ。
間に合ってくれ!!
強烈な烈風を背中に感じ——いや、背中が焼けるのを感じた。
「くぅぅっ」
「ユウ。ユウ、しっかり!!」
「リ、リサは無事?」
「わたくしはユウのおかげで大丈夫ですわ。それより、ユウ、背中が……」
「無事だったら良かった……」
身体が動かない上に燃えるように熱い。
かなりまずいぞ。
ヨロヨロしたケルベロスを見ると、また口元にエネルギーを集め始めている。
ケルベロスはダメージを負っているせいか、さっきの火球よりエネルギー集めが遅く感じる。
「また、あれが来るのかよ!! リサ、早く逃げるんだ」
「いやですわ、あなたを置いていくなんて出来ませんわ!!」
リサは、俺の手を強く握ってくる。
リサ、言うこと聞いてくれ。
せめてリサだけでも助けたいのに!!
『汝ニ、死ナレタラ、困ル』
これは、幻聴の人?
また、聞こえるとは思わなかった。
『リサガ、生キ残ッテモ、汝ニ、死ナレタラ、困ル』
幻聴の人、何か手はないか?
『コノ状況ダ。奥ノ手ヲ使ウシカナイ』
奥の手?
『リサノ、炎魔法デ、ヤツヲ屠ル。モチロン、我ラノ、奥ノ手ヲ、使ッタ上デダ』
と言うことは——
「まずは、詠唱時間を稼ぐ」
「急に何を言ってますの?」
「リサ、炎の魔法を詠唱してくれ。それまで、俺が時間を稼ぐ。くっ」
身体が動かない。
「今のユウには無理ですわ。他に時間を稼ぐ方法はあって?」
「ケルベロスは歌が弱点の一つって聞いたことがあるんだ。歌で詠唱時間を稼げるかな」
「歌? 歌ですわね。私は詠唱。それなら……あ!! ソフィアさーん、歌を、ケルベロスに向かって歌ってー!!」
ソフィアさんって歌えるの?
『アア、アノ歌ハ、心地ヨイ。素晴ラシイ、歌ダ』
そうなの?
何時聞いたの?
「リサー、歌で何が出来るの?」と尋ねるソフィアさん。
「信じて!! 牢屋で歌って頂いた曲でいいですわ!! 時間を稼ぎたいの!!」
「わ、分かったわ!!」
そうするとソフィアさんが歌い始める。
確かに、この歌声はかなり上手だし、心地いい上に聞き入りそうになる。
ケルベロスを見ると、「グルゥ」とうなりながらエネルギー集めがさらに遅くなっている。
しかも、地面から根っこが飛び出しケルベロスを縛っていく。
『アレハ、土魔法……否、エルフノ魔術。ソフィアノ、供ノ者ダナ』
おお!! お供の人達、ありがとうございます。
「リサ、詠唱してくれ」
「わかりましたわ」
リサは、炎魔法の詠唱を始める。
『我ラモ、奥ノ手ノ、準備ヲ、始メルゾ』
ああ、幻聴の人、何をすればいい?
『今回、汝ハ、何モスル、必要ハ、ナイ。ソノママ、耐エロ』
何に耐える?
そう思ったとき、身体の熱さとは別に、お腹の下の方——ヘソの下あたりが温かくなってきた。
同時に、ひたすら長距離を全速力で走った後みたいに、急に体力が落ちていくのを感じる。
何が起きている?
温かさは変わらないが、引き続きどんどん体力が奪われていく。
意識が飛びそうだ。
『……』
「ユウ、詠唱が終わったわ。いつでもいけるわ」
「ガアアアアアアアアアアアアアア!!」
向こうも歌&根っこ呪縛を解いたようだ。
ケルベロスから巨大な火球が放たれる。
『良シ、イケルゾ』
「リサ、行けー!!」
「炎よ!!」
リサの両手から炎が放たれ——放たれるはずの炎はその場に留まり、どんどん大きさを増していく。
俺のヘソの下の温かさは、逆に冷たくなっていく。
奥の手ってこれか!?
リサの炎は、色が濃くなり、大きさもケルベロスの火球の三倍程度に達した頃、動き出す。
ケルベロスの炎も飲み込み、リサの炎はケルベロスに直撃した。
「グアアアアアアアアアアアッ!!」
今度こそ全身黒焦げになったケルベロスは、動かなくなったようだ。
やったぞ、幻聴の人。
『……』
幻聴の人?
『……時間ダ。シバラクハ、死ヌ様ナ目ニ、アウナ。サラバダ』
今回はありがとう。
ああ、もっと頑張って強くなるよ。
「やりましたわ、ユウ。わたくしたち、勝ちましたわ」
「そうだね、でも助っ人があったから勝てたようなものだね」
「助っ人?」
「ああ、今は気にしないで。落ち着いたら説明するから」
幻聴の人について、俺も落ち着いて考えをまとめないとな。
ただの幻聴とも、もう思えないし。
「ユウ、無事? 今、治療するからうつ伏せになって!!」
ソフィアさんは、そういいながら俺の身体を回転させ薬草を塗ってくれる。
「ソフィアさん達、ありがとうございます。歌やエルフの魔術、助かりました」
「役に立てて良かったわ。歌でも戦闘の役に立つのね」
「それにしても、ユウは何をやったの? わたくしの魔法がかなり強力になりましたわ」
「俺もよく分かってないんだ」
「それはギフトよ。魔力が操れないあなたの力よ、ユウちゃん」
桔梗さんがいつの間にか横に立っていた。
「ギフトって?俺の力って何ですか?」
「そうね、教えてあげてもいいんだけど……リサちゃん、剣をしまってくれるかしら。もう何もしないわよ」
リサの方を見ると、剣に手を当て、今にも桔梗さんに襲いかかりそうな殺気を放っていた。
「リ、リサ。落ち着いて。もう戦闘は終わったよ」
「でも、許せませんわ。ユウをこんなにして……こんな」
「リサ。みんな無事だったし、結果オーライだよ、ね?」
俺は、リサの剣に添えられた手を握りながら抑える。
「わかりましたわ。ユウがそう言うなら……」
ふう、なんとか落ち着いてくれたな。
ケルベロスを従える桔梗さんなんだら、今は戦っても勝てる気がしないよ。
「さて、話を聞く体勢になったわね」
「ええ、俺の力について教えてください」
「まず、魔力素質ゼロの人間は、何かしら能力を持ってる、もしくは秘めてる可能性が高いのよ。秘めてる場合は、大抵死の直面に立つと開花するわ」
可能性が高いってだけで、俺たちケルベロスを仕掛けたのか、この人……
「俺にとっては、さっきの魔法を強力にするのが能力なんですか?」
「そうね、それだけかもしれないし、それだけじゃないかもしれない」
「ずいぶん曖昧なんですね」
「ごめんね。あなたのは能力はレア中のレア。イレギュラーが引き起こした奇跡ね。あたしも知らない能力だからわからないわね」
あの能力、おそらく幻聴の人が詳しいようだな……
「それに能力がレアでも発動条件とかわからないでしょ?」
「確かに、わかりません」
今回は幻聴の人がやってくれたしなあ。
「まあ、いつか使いこなせるようになるわ。それまでは、いえ、それ以降も鍛錬を欠かさないようにね」
「はい、頑張ります」
「話も終わったし、あたしは帰ろうと思うわ。……ああ、忘れる所だったわ。ユウちゃん、一つお願いがあるの。聞いてくれる?」
「内容次第ですけど、もう死ぬ思いはしたくありませんよ」
「それは、大丈夫よ。お願いはあの子よ」
桔梗さんは、円を描くように優雅に身体を回転させ倒れているケルベロスを指さす。
「あのケルベロスが?」
「そうよ。おいでなさい!!」
桔梗さんがそういうと、ケルベロスがゆっくりと起き上がり、フラフラしながらこちらに歩いてくる。
ていうか、生きてたの!?
ケルベロスは、俺の前まで来ると頭を地面にふせる。
「え? どういうことですか?」
「実はこの子ね、あたしの従魔ではないのよ。いろいろ訳ありでね、預かっていたの」
それとこのケルベロスの行動がわからない。
「そしたら、ユウちゃん達と戦いたいっていうから、今回召喚したのよ。それで戦った結果から言えば、あなたと供にいたいそうよ。だから、主従契約を結んで欲しいんだけど、良いかしら?」
「急にそんなこと言われても……」
ケルベロスの瞳がジッと俺を見つめてくる。
……まあ、いいか。
「桔梗さん、主従契約お願いします」
「良かった。それじゃあ始めるわね」
俺とケルベロスの間に、魔方陣が広がる。
「あら? 契約はリンクしてるのにこの子の傷が回復しないわね……ああ、そうか魔力がないのね」
「魔力が必要なんですか?」
「そうなのよ。主は魔力を与え、従は尽くす。これが主従契約の前提なの。そうなると……リサちゃん、第二契約者にならない?」
「わたくしですか。かまいませんわ」
リサさん、即答ですね。
悩まないなんて……
「良かった。それじゃあ、続けるわよ。第一契約者をユウちゃん、第二契約者をリサちゃんでっと……」
魔法陣からの光が強くなっていく。
俺は眩しくて目をつぶると——
「終わったわよ、ユウちゃん、リサちゃん。目を開けて良いわよ」
終わったのか、特になにも変わった感じはしないんだけど……
「わー、可愛い」とリサが両手を当てて喜んでいる。
俺は、リサの視線の先を追いかけると——子犬がいた。
しかも、さっきまでケルベロスが居たところに。
「これは……」
「リサちゃんの魔力にあわせて、姿が調整されたのね」
「ということは、リサの魔力があがれば、元の大きさにも?」
「なるわよ。むしろそれ以上になる可能性もあるわよ」
気が付くとリサが子犬を抱きしめ、ソフィアさんも混ざっている。
「さて、今度こそ帰るわね。それじゃ、いつかまた会いましょ」
そういうと桔梗さんの周りに霧のような靄が現れた。
「桔梗さん?」
「じゃあね」
同時に霧が晴れたかと思うと桔梗さんの姿は、消えていた。
神出鬼没な人だったな。
これでなんとか危機は去ったかな。
なんか、終わったと思ったら一気に眠くなったな。
「ユウ、この子の名前どうする?」
「え? それならリサがつけてよ。いい名前を期待してるよ」
ああ、限界だ。
「わかりましたわ。期待してかまわないですわ」
かなり無理したからなあ。
「ごめん、リサ。少しや、す……む」
「お疲れ様ですわ、ユウ」
なんか頭を撫でられた気がするな。
気持ちいい。
俺の意識は、ここで途切れた。




