思わぬ出会い
「すまない……助かったよ……」
カインへ手早く治療魔法を施してやると、彼は心底申し訳なさそうに礼を言った。
傷を塞ぎながら軽く話を聞いてみると、どうやら王国側からの極秘依頼を受け、この屋敷への潜入を試みたものの、途中で護衛に見つかって袋叩きに遭ったらしい。
つまり――俺がここへ来なかったら、原作主人公のカイン自身がマルクス伯爵の『お気に入り』コース一直線だったというわけだ。恐ろしい。
だが、その正義感の強さと爽やかでまっすぐな佇まいは、まさに原作で見たカインそのものだった。
「仲間はいないの?」
「あー、仲間はいるんだけど……場所が場所だからね。一人で潜入したんだ」
「そう。一人で来るなんて無謀ね」
「面目ない……」
それとなく探りを入れてみる。
どうやら、仲間はちゃんといるらしい。
――つまり、物語そのものが消えたわけではない。
形を変えながらも、原作とは別の形で動き始めていたようだ。
本来の原作では「行方不明のセレスティアがいるかもしれない」という強い動機があるため、妹分のルシエラも危険を承知で潜入に同行する。
しかし今回はその前提がないため、彼女が外で待機しているのは至極自然な流れと言えた。
何にせよ、ここでの敗北は=NTRバッドエンド確定ルートだ。
そう考えれば、不幸中の幸いと言える。
――ガチャリ。
その時、重厚な扉が開く不吉な音が部屋に響き渡った。
俺は瞬時に警戒レベルを引き上げ、扉の隙間から外の様子を伺う。
そこに立っていたのは、禍々しい鉄仮面を被った異様な大男だった。その手には血に塗れた拷問器具が握られている。
「あ、あいつだ……!俺はあの化け物にやられて、ここに放り込まれたんだ……!」
カインが恐怖に顔を歪ませて叫ぶ。
(あいつか……)
俺も、その姿には見覚えがある。
原作における、いわゆる負けイベントの敵。
この時点では、到底勝てないほどの強さを誇る強敵だ。
カインが立ち上がり、扉へ手を伸ばす。
「俺が囮になる!だから君だけでも逃げ――」
カインが意を決して扉を押し開き、飛び出そうとした――それよりも速く、俺の身体が動いていた。
侵入者に気付いた鉄仮面の男が、巨体に見合わぬ速度で凶器を大きく振りかぶる。
俺はその大振りな一撃を紙一重で滑らかに回避すると、軸足を深く踏み込み、腰の回転を乗せた鋭烈なハイキックを頭部へと叩き込んだ。
ゴキィッッ!!!!
激しい破壊音と共に鉄仮面が無残にひしゃげ、男の首があり得ない角度へとへし折れる。巨体はそのままピクリとも動かず、床へと崩れ落ちた。
「何か仰いましたかしら?」
すっと足を下ろし、仮面の下から優雅に振り返る。
「……いえ、何もありません……」
どうやら、負けイベントの敵もレベルを上げてしまえば、ただの雑魚らしい。
扉をゆっくりと開け、外の様子を窺う。
少々、時間をかけすぎたな。
この騒ぎが大事になるのも、そう遠くはないだろう。
廊下へ視線を走らせる。
先ほどまでとは明らかに違う。
警備に当たる者の数が、目に見えて増えている。
どうやら、屋敷の者たちも異変に気付き始めたらしい。
「さて……ここで二手に分かれましょうか。カインさん、これを」
そう告げると、俺は金庫から回収したばかりの極秘資料をカインへと手渡した。
「分かった、受け取ったよ。……けど、君はどうするんだい?」
「私には、少々マルクス伯爵に『野暮用』がございまして」
「……!?それは危険すぎる!」
マルクス伯爵――その名を発した瞬間、カインの顔色がサッと青ざめた。
まあ、制止したくなる気持ちも当然だ。
あの『部屋』を見れば、マルクス伯爵がどのような人物なのか、嫌でも理解できるというものだ。
「ですが、私がこちらで派手に動いて注意を引けば、貴方がこの屋敷から安全に脱出するのも容易いでしょう?」
「しかし……!それなら俺も一緒に同行する!君を一人で危険に晒すわけにはいかない!」
「あら、足手まといは不要ですわ。それとも――私の実力が信用できなくて?」
そう言って、俺はちらりと視線を向ける。
その先にあるのは、先ほど一撃で沈めた鉄仮面の男。
カインが手も足も出なかった相手を、俺は一撃で倒してみせた。
これを見せられては、カインも反論しづらいようだった。
「貴方には、王国からの依頼があるのでしょう?」
俺は極秘資料を指し示す。
「ならば、貴方には貴方の成すべきことがある。私には、私の成すべきことがありますから」
「……」
「ですので――どうぞ、お気になさらず」
「くっ……」
カインは悔しそうに拳を握りしめる。
それでも、なお食い下がろうとする様子はなかった。
自分より遥かに強い相手を前にしても、最後まで他人を気遣う。
――なるほど。
正義感が強く、真っ直ぐで、どこかお人好し。
原作の主人公というのも、納得できる気がした。




