陵辱回避
そう固く決意していると、扉を叩く音が響いた。
「セレスティア様。出立のお時間でございます」
扉が開かれ、シスターたちが静かに入室してくる。
もう少し己の状況を整理し、今後の指針を固めておきたかったが、どうやら悠長に時間をかけている余裕はないらしい。
「ええ、分かっていますわ」
自然と口からこぼれたのは、女性らしい言葉遣いだった。
……いや、違う。
自然と出てきたというより、セレスティアとして振る舞うための口調が、身体に染みついているような感覚だった。
そんなことを考えながら、入室してきたシスターたちに告げる。
「それと――ならず者退治に赴くのは、私一人で十分です。他の者は控えていなさい」
「なっ……何を仰っているのですか!?単身で赴くなど、あまりに危険すぎます!」
驚愕に目を見開くシスターを、俺はキッと鋭い視線で射抜き、その言葉を遮った。
「天啓が舞い降りたのです。此度は私一人で赴くことが最善であると……」
もっともらしい言葉を並べながら、胸の内で苦笑する。
「であれば、神の教えに従うのみでしょう?」
どう聞いても、頭のおかしな女の戯言にしか思えない。
しかし、シスターたちは反論できず、揃って押し黙ってしまった。
言葉というものは、その内容よりも誰が口にしたかが重視されることもあるらしい。
ましてや、相手は聖女だ。
普段の俺なら、こんな無茶苦茶な理屈を聞かされれば、間違いなく呆れ返っていただろう。
「ですが……」
それでも、一人のシスターがなおも食い下がる。
俺は小さく息を吐き、彼女に言い聞かせるように告げた。
「それなら、邪魔にならない場所で待機していなさい。そうね……お茶の準備でもしておいてちょうだい」
「……かしこまりました」
シスターは納得しきれない様子だったが、これ以上の反論は無意味だと判断したのか、渋々ながらも頭を下げた。
どうやら、聖女という立場は思っていた以上に便利らしい。
聖女という立場を利用して事情を説明すれば、ならず者退治をより効率的に進めることもできただろう。
しかし、これから俺がやろうとしている『処置』において、余計な見張りや同行者は邪魔以外の何者でもない。
一人で向かうのが、最も都合が良いのだ。
俺は最低限の装備を整えると、単身でならず者退治へと出立した。
王都から少し離れた鬱蒼とする森の中。俺は迷うことなく、最短ルートで連中のアジトを目指して突き進む。
すると、まるでこちらの来訪をあらかじめ知っていたかのように、木々の隙間から下卑た笑みを浮かべた男たちが姿を現した。
――捕らわれた人質を、盾にしながら。
「おいおい、まじで聖女様が来やがったぞ!?こんな物騒な森を一人でお散歩かい?」
リーダー格の男が、挑発的にニヤつきながら声を張り上げる。
男は隣で震える人質の女性の乳房を、服の上から乱暴に揉みしだき、粘つく舌でその頬を舐め上げた。
女性はあまりの恐怖に声を出すこともできず、ただ涙を浮かべて体を竦めている。
瞬く間に、俺の周囲は刃を構えた男たちに包囲された。
「おい、大人しく武器を捨てな!それとも、この女がどうなってもいいってのか、アァ!?」
威圧するように怒鳴り散らす男。
――そう、この依頼は最初から、聖女をハメるために仕組まれた罠なのだ。
本来のストーリーであれば、武装解除させられたとしても、セレスティアほどの力があればこの場のならず者程度はどうにかなったはずだった。
だが、元々の人質に加え、後から付いてきたシスターたちまで芋づる式に人質に捕らえられてしまう。
さらには魔力を完全に封じる呪具の首輪を嵌められ、無力化された挙句に陵辱の限りを尽くされる――それが、ゲームにおける絶望のシナリオだった。
しがない山賊程度がそんな強力な呪具を用意できるはずもない。
裏で糸を引いているのは、王国に蔓延る悪徳貴族どもだ。
この事件は、聖女を陥れるために周到に仕組まれたものだった。
「なんだぁ?怖くて声も出ねえのか!?」
「ひぃひぃ鳴くなら、俺たちがベッドでたっぷり可愛がってやろうか、ヒヒッ!」
ならず者たちが、次々と下劣な言葉を浴びせかけてくる。
吐き気を催すような酒と体臭の混ざった息を吹きかけられ、そのうちの一人が俺の肩へ手を伸ばす。
――その瞬間。
「ギャアアアアアアッ!?」
凄絶な悲鳴が森に轟いた。
手首から先を輪切りにされ、血飛沫と共に肉片が地面へ転がる。
男は胸元から太ももにかけて斜めに深く切り裂かれ、あまりの激痛に地べたをのたうち回った。
間もなく失血死するであろう致命傷だ。
周囲のならず者たちが、何が起きたのか理解できずに硬直する。
「てめぇ……!よくもやってくれたな……!」
仲間の惨状を目にしたリーダー格の男が、怒りに顔を歪める。
「人質が見えてねえのか!? こいつがどうなってもいいのかよ!」
胸糞悪い笑みを浮かべながらナイフで人質の脚を深く斬り付けた。
「ひぁっ……!?い、痛いぃっ……!た、助けて……っ!」
女性が痛みに顔を歪め、涙を撒き散らして助けを求める。
「あ〜あ、可哀想にねぇ〜。聖女様の勝手な振る舞いのせいで、余計な怪我しちゃったなぁ〜?」
仲間を一人殺されたというのに、ニタニタと不快な笑みを浮かべる男たち。
人質を楯にしている限り、まだ自分たちが圧倒的優位に立っていると疑いもしない様子だ。
俺は言葉もなく、ただ静かに手首をかざした。
淡い神聖な光が収束し、詠唱すら省いた治癒魔法が発動する。
一瞬にして、女性の脚の切り傷は痕跡すら残さず塞がった。
「え……?」
女性が驚きに目を見開く。
その直後だった。
「うぎゃああああああっ!?」
「ぐああああああっ!」
周囲から、立て続けに悲鳴が上がった。
ジャラジャラと金属音を鳴らし、蛇のように鞭打つ銀の刃が不気味に蠢き、周囲を取り囲んでいた男たちの首や四肢を容赦なく刈り取っていく。
一瞬で森の草木が血飛沫で赤く染まり、肉片が地面へと転がった。
「な……なんだよ、これ……!?」
連接剣が宙を舞い、俺の手元へと戻ってくる。
その光景を前に、リーダー格の男の顔から血の気が引いていった。
「お、お前……イカれてんのか!?」
男は後ずさりながら、必死に声を張り上げる。
「言っておくがな!人質はこいつだけじゃねえんだぞ!?アジトにはまだ大勢捕まってて、貴族の令嬢だっているんだ!!」
目の前で繰り広げられた血の惨劇に、リーダー格の男は腰を抜かしかけながら狼狽する。
想定外だったのだろう。
話が違う。
きっと、そう思っているに違いない。
彼らが聞かされていた聖女の姿と、今ここに立つ俺――聖女ルナ=セレスティアの姿は、あまりにもかけ離れている。
我が身を犠牲にしてでも人々を護り、傷ついた者を救う。
どれほどの悪逆非道を働いた者であろうと、決して見捨てず、正しき道へと導こうとする。
それが、彼らの知る聖女だった。
だからこそ、彼らは人質を利用すれば、俺の動きを封じられると考えた。
聖女ならば、目の前の命を見捨てることなどできない。
そう、信じていた。
「くっ……見せしめだ!!死ねえええっ!!」
追い詰められたリーダー格の男が、やけくそになって叫ぶ。
そして、人質へ向けてナイフを振り上げた。
その時、俺は初めて口を開いた。
「あら?殺してしまうの?」
男の動きが止まる。
俺は、まるで不思議なものでも見るかのように首を傾げた。
「人質は生きているからこそ意味があるのでしょう?生きているのなら、逃げるための時間稼ぎや盾くらいにはなるのではなくて?」
「な、何を……」
「それとも、もう必要ないのかしら?」
鈴を転がすような美声で紡がれた冷徹な言葉に、男たちの動きが完全に凍りつく。
そこで奴らは、ようやく理解したのだ。
自分たちはもう、絶対に助からないのだと。
何を足掻こうが、どんな手段を使おうが、救われる道など最初から残されていないのだと。
聖女の紅い双眸が、無言のうちにそう告げていた。
――余計な真似をすれば、ただでは殺さない。
自ら死を望むほどの、凄惨な末路を与えてやる、と。
そこから始まったのは、惨劇という名の『一方的な虐殺』だった。
武器を構えて抗おうとする者は原型すら留めぬ肉塊へと変えられ、背を向けて逃げ出す者は背後から容赦なく引き裂かれ、恐怖で呆然と立ち尽くす者は首を刎ね飛ばされていく。
悲鳴が森の奥に響き渡り、やがて、それすらも途絶える。
あとに残ったのは、血の匂いと静寂だけだった。
やがて、血が滴り赤く染まったアジトの奥深くで、俺は捕らわれていた人質たちを救出した。
だが、保護された女性たちが俺に向ける視線は、感謝ではなく――底知れぬ恐怖に怯えるものだった。
幸いにも、命を落とした者はいなかった。
傷ついた女性たちには治癒魔法を施し、一人ずつ状態を確かめていく。
「もう大丈夫ですわ。あなたたちを傷つける者は、ここにはいません」
そう声をかけても、女性たちは怯えた目で俺を見つめていた。
身体を震わせ、互いに寄り添いながら、こちらの動きを警戒している。
無理もない。
彼女たちは、目の前でならず者たちが命を奪われていく光景を見ていたのだから。
たとえ自分たちに死者が出なかったとしても、傷を負わされ、恐怖にさらされた事実は消えない。
何より――
この場所で行われていたのは、単なる監禁や暴力だけではない。
女性としての尊厳を踏みにじる行為。
人としての心を深く傷つける行為だ。
命こそ助かったものの、到底『無事』に救い出されたとは言えない姿だった。
後のことは、待機させているシスターたちに任せればいい。
人質の保護や治療も、彼女たちなら問題なく対応出来るだろう。
それよりも、今は一刻も早く身体を洗いたかった。
全身に付着した血と、鼻につく鉄臭い匂い。
こんな血生臭い状態のまま、いつまでも森に留まっていたくはない。
俺はシスターたちに後を任せると、王都へ向かって歩き出した。




