98 ゼスト防衛戦④
茉奈ちゃんの声が頭の中へ響いた。
『雪乃さん、藤堂のお兄ちゃん』
『右軍壊滅しましたが、佐伯さんには少し休んでもらいます』
『敵本軍が侵攻してきましたので、迎撃を開始します』
直後。
無数の矢が空を覆った。
敵本軍へ降り注ぐ。
さらに――。
轟音。
真紀の放った巨大な濁流が敵陣へ突っ込んだ。
大量のゴブリンが飲み込まれていく。
俺は少し後方を見る。
雪乃さんがいた。
目に涙を浮かべている。
唇を強く噛み締めている。
きっと佐伯さんが心配なのだろう。
でも。
その目は死んでいない。
しっかりと敵本軍を見据えていた。
俺は周囲を見る。
冒険者たちも同じだった。
疲れている。
傷ついている。
それでも誰一人諦めていない。
希望を持った目をしている。
勝てる。
俺はそう確信した。
「よっしゃあ!!」
拳を突き上げる。
「行くぞ!!」
すると冒険者たちも声を上げた。
「おおおおおお!!!!」
一斉に前進する。
佐伯さんが休んでいる間に終わらせる。
佐伯さんに、
「よくやった」
そう言わせてやる。
そんな思いが胸に湧き上がる。
あの人は俺の目標だ。
強い。
優しい。
誰よりも仲間を大切にする。
そして。
誰かを守るためなら、自分を犠牲にすることすら躊躇わない。
俺はまだ遠く及ばない。
だけど。
少しでも近づきたい。
認められたい。
だから戦う。
拳を振るう。
蹴りを放つ。
敵を倒す。
腕が重い。
足も重い。
息も苦しい。
それでも止まれない。
ふと。
右軍で戦っていた佐伯さんの姿が脳裏に浮かんだ。
あの人は一人だった。
たった一人で。
軍勢を押し返していた。
まるで闘神だった。
俺も――。
その時だった。
地響きが鳴る。
目の前のゴブリンたちが左右へ割れた。
そして現れる。
周囲のゴブリンジェネラルよりさらに巨大な存在。
全身から圧力が溢れている。
誰もが息を呑んだ。
「……ゴブリンキング」
思わず呟く。
右を見る。
雪乃さんがゴブリンジェネラルと戦っている。
左を見る。
ユリウスさんたちが別のゴブリンジェネラルと対峙している。
なら。
こいつは俺の獲物だ。
☆★☆★☆★☆★☆★
気が付くと俺は地面に倒れていた。
視界がぼやける。
どれくらい気を失っていたのか分からない。
だが戦いの音は続いている。
俺は身体を起こした。
重い。
鉛のようだ。
足も動かない。
だが。
まだ終わっていない。
俺は自分へ手を向ける。
「《再生》」
身体が光に包まれた。
全身を満たす温かい感覚。
疲労が消える。
痛みが消える。
筋肉が蘇る。
身体が軽い。
まるで戦闘前に戻ったようだった。
やっぱり反則だな、このスキル。
そう思いながら立ち上がる。
そして走り出した。
頭の中へマナの声が響く。
『佐伯さん、動けるようになりましたか?』
俺は後ろを振り返り、大きく手を振った。
するとすぐ返事が返ってくる。
『見えました』
『安心しました』
少し嬉しそうな声だった。
だが続く報告は重い。
『戦況は悪いです』
『ユリウスさんたちがゴブリンジェネラルと交戦し、劣勢』
『雪乃さんが救援に入りましたが、連戦のため苦戦しています』
『藤堂のお兄ちゃんがゴブリンキングと交戦中です』
『持ちこたえていますが厳しい状況です』
俺は雪乃さんを探した。
見つけた。
片膝をついている。
ゴブリンジェネラルの大剣を受け止めていた。
周囲にはユリウスさんたちが倒れている。
まずい。
俺は全力で駆けた。
「雪乃!!」
叫ぶ。
雪乃さんがこちらを見る。
「下がれ!!」
雪乃さんが後ろへ飛ぶ。
直後。
大剣が地面へ突き刺さった。
その隙へ飛び込む。
「てめぇ!!」
「《乱打》!!」
棍棒が暴れる。
肉が弾ける。
骨が砕ける。
ゴブリンジェネラルが悲鳴を上げた。
「やかましい!!」
最後に。
「《兜砕き》!!」
脳天へ叩き込む。
頭蓋が砕けた。
巨体が崩れ落ちる。
決着だった。
俺は雪乃さんを見る。
雪乃さんは泣いていた。
本当に泣いていた。
「心配かけました」
俺は苦笑する。
「もう大丈夫です」
そう言って力こぶを作る。
すると雪乃さんが駆け寄ってきた。
胸へ顔を埋める。
俺はそっと肩を抱いた。
ほんの数秒。
それだけだった。
「もう少しだけ待っていてください」
そう言うと。
雪乃さんは涙を拭きながら頷いた。
俺は微笑み返し。
今度は漣を探す。
いた。
ゴブリンキングと殴り合っている。
凄まじい戦いだった。
拳が入る。
蹴りが入る。
それでもキングは倒れない。
だが漣も倒れない。
俺は近づく。
「どうだ、漣」
「代わるか?」
すると漣が笑った。
「こんな時に冗談言うなよ!」
そう叫び。
再び飛び込む。
なら。
ここは見守ろう。
俺は後ろへ下がった。
漣の身体から炎が噴き出す。
拳。
蹴り。
拳。
蹴り。
怒涛の連撃。
ゴブリンキングは棒立ちで受け続ける。
そして。
漣が叫んだ。
「《地獄の火炎劇》!!」
巨大な火柱が上がる。
ゴブリンキングを包み込む。
燃える。
燃え続ける。
やがて。
巨体が崩れ落ちた。
静寂。
そして歓声。
漣の勝利。
俺たちの勝利だった。




