96 ゼスト防衛戦②
「《アース・シェイカー》!」
真紀さんの放った土魔法が中央残党軍の足元を激しく揺らした。
大地がうねる。
体勢を崩したゴブリンたちの足が止まる。
そこへ――。
「《アローレイン》!」
マナの声。
無数の矢が空を埋め尽くした。
雨のように降り注ぐ矢。
足を止められたゴブリンたちは避けることもできず、次々と射抜かれていく。
悲鳴が響く。
中央軍はほぼ壊滅状態だった。
生き残ったわずかなゴブリンを冒険者たちが押し潰していく。
戦況は優勢。
誰の目にも明らかだった。
――それでも。
私は右軍から目を離せなかった。
佐伯さんがいる。
たった一人で。
今もなお。
数え切れないゴブリンを相手に戦っている。
棍棒が振るわれるたびに敵が吹き飛ぶ。
だが。
敵の数はまだ多い。
多すぎる。
(佐伯さんが無茶をしている)
(私が弱いせいで)
胸の奥が痛む。
私は目の前のゴブリンへ飛び込んだ。
「《疾風陣》!」
風のような連撃。
斬られたゴブリンたちが次々と倒れていく。
それでも足りない。
もっと早く。
もっと先へ。
もっと――。
(早く佐伯さんのところへ)
焦りが膨らむ。
胸が苦しい。
自分が情けない。
あの人の隣に立つと決めたのに。
結局。
また守られている。
「くっ……!」
苛立ちが込み上げた。
「邪魔なんだよ!」
思わず叫んでいた。
ゴブリンへ向かって。
自分へ向かって。
「佐伯さんのところへ行かないと!」
「あの人の隣に立たないと!」
叫びながら敵を斬る。
前へ。
前へ。
前へ。
その時だった。
「雪乃さん!!」
漣君の声。
私は構わず突っ込む。
だが次の瞬間。
目の前に巨大な影が現れた。
大型ゴブリン。
ゴブリンジェネラル。
振り下ろされる大剣。
私は受け止める。
凄まじい衝撃。
腕が痺れた。
身体が軋む。
重い。
あまりにも重い。
それでも前へ出ようとした瞬間――。
横から衝撃。
私の身体が弾き飛ばされた。
「えっ――」
何が起きたのか分からない。
次の瞬間。
私がいた場所へ巨大な棍棒が叩き込まれた。
轟音。
地面が砕ける。
もう一体いたのだ。
ゴブリンロードが。
そして。
その攻撃を受け止めていたのは漣君だった。
「危ねぇ!」
炎を纏った拳で棍棒を弾き返している。
私はようやく理解した。
助けられたのだ。
「雪乃さん」
漣君が振り返る。
「焦りすぎだ」
厳しい声だった。
「焦る気持ちは分かる」
「でもな」
棍棒を弾き飛ばしながら続ける。
「佐伯さんなら大丈夫だ」
「だからまずは目の前を片付けろ」
私は言葉を失った。
すると漣君が苦笑する。
「雪乃さんの動き」
「こんなめちゃくちゃだったか?」
「めちゃくちゃ……?」
思わず聞き返す。
「周り見えてない」
その言葉が胸に刺さった。
斥候である私が。
周囲を見失っている。
その事実にようやく気付く。
その時だった。
頭の中へ声が響いた。
『雪乃さん』
マナだ。
《エコー》。
『佐伯さんは大丈夫』
『私が後方支援してるから』
『怪我もしてないよ』
私は周囲を見回す。
もちろんマナの姿はない。
だが声は届く。
『それと』
『中央軍壊滅』
『冒険者側優勢』
『右軍にも支援継続中』
まるで戦場全体を見ているような報告だった。
私は右軍を見る。
確かに。
佐伯さんの周囲へ無数の矢が降り注いでいる。
さらに前方では真紀さんの魔法が荒れ狂っていた。
佐伯さんは一人じゃない。
私たちがいる。
そして。
私も一人じゃない。
『雪乃さん』
再びマナの声。
『佐伯さんは私たちに任せて』
『だから雪乃さんは雪乃さんの仕事をして』
私は思わず笑った。
門へ向かって拳を突き上げる。
見えるはずもないのに。
マナへ向けて。
すると漣君が笑う。
「ようやく戻ったな」
「元の雪乃さんに」
私は大きく頷いた。
「ありがとう」
「じゃあ行こうか!」
私たちは再び前を向く。
ゴブリンロードが二体。
まだ残っている。
今度は冷静に観察する。
動き。
間合い。
癖。
全部見える。
私は音もなく接近した。
「《瞬穿》」
閃光のような一撃。
胸部を貫かれたゴブリンロードが崩れ落ちる。
残り二体。
私は左の個体へ向かった。
「《牙突》!」
高速の突き。
牽制。
牽制。
さらに牽制。
ゴブリンロードが対応に追われる。
その隙に懐へ潜り込む。
「《瞬穿》!」
心臓を貫く。
二体目が倒れた。
残るは最後の一体であるゴブリンジェネラル。
だが。
そちらは既に決着寸前だった。
漣君が炎を纏って舞う。
拳。
蹴り。
拳。
蹴り。
無数の連撃。
まるで踊るような動き。
そして。
「《地獄の火炎劇》!!」
炎が爆ぜた。
巨大な火柱。
まるで舞台の幕が下りるように。
炎が消えた時。
ゴブリンジェネラルは崩れ落ちていた。
私は漣君へ拳を突き出す。
漣君が笑う。
拳を合わせた。
「行くぞ」
「はい」
私たちは中央戦線へ向かって駆け出した。
その先には。
まだ戦い続ける佐伯さんがいる。
今度は焦らない。
今度はちゃんと隣へ辿り着くために。




