95 ゼスト防衛戦①
門の上に立った俺と真紀は、迫り来る敵軍を見下ろしていた。
見渡す限りのゴブリン。
正面。
右。
左。
そして、そのさらに後方。
地平線近くまで緑色の軍勢が広がっている。
思わず息を呑んだ。
「凄まじい数だな……」
「ああ……」
真紀も珍しく真顔だった。
「こんな数の敵、私も初めて見る」
三千。
数字で聞いていた時とはまるで違う。
実際に見ると圧迫感が凄まじかった。
俺は真紀を見る。
「で、ぶっつけ本番の重ね掛けだが」
「どうやる?」
真紀は敵軍を見据えたまま答える。
「同時じゃないと思う」
「一人目が《ファイアストーム》を放つ」
「二人目が、その炎に重ねる」
「たぶん、それで増幅する」
俺は頷いた。
「なるほど」
「つまり寸分違わず同じ場所に叩き込む必要がある訳だな」
「そういうこと」
真紀は自信ありげに笑う。
「先に漣が撃って」
「私が合わせる」
「任せて」
頼もしい。
本当に頼もしい女だ。
俺は中央軍へ目を向けた。
その中心。
周囲のゴブリンより頭一つ大きい個体がいる。
茶色い肌。
巨大な剣。
いかにも指揮官だ。
「あいつだな」
「うん」
「見えてる」
「中央の茶色い奴でしょ?」
「そうだ」
俺は深く息を吸った。
「じゃあ派手に行くか」
真紀が笑う。
「私たちらしい開戦の花火を上げましょう」
俺たちは顔を見合わせて頷いた。
そして――。
俺は拳を前へ突き出した。
「《ファイアストーム》!!」
轟音。
巨大な炎の竜巻が中央軍へ向かって突き進む。
だが――。
「やべっ!」
少しずれた。
標的の数メートル横だ。
俺が顔をしかめた瞬間。
真紀が笑った。
「その程度なら合わせられる!」
杖を掲げる。
「《ファイアストーム》!!」
二本目の炎の竜巻が飛び出した。
そして。
俺の炎へ吸い込まれるように重なった。
次の瞬間。
炎が膨張する。
倍。
三倍。
五倍。
融合した炎は咆哮する竜のように膨れ上がった。
「なっ!?」
俺が驚く。
真紀も目を見開いていた。
さらに真紀は追撃する。
「もう一発!」
第三の《ファイアストーム》。
炎が再び重なる。
爆発的に膨張した炎は中央軍全域を飲み込んだ。
絶叫。
悲鳴。
焼け焦げる臭い。
巨大な炎の嵐がゴブリン軍を蹂躙していく。
「おいおい……」
俺は思わず笑った。
「すげぇなこれ」
真紀も呆然としていた。
「佐伯さんの言ってた重ね掛けって……」
「こういうことだったんだね」
俺たちは顔を見合わせる。
そして笑った。
勢いよくハイタッチする。
その時。
門の下から声が響いた。
「よし!!」
見ると佐伯さんだった。
拳を突き上げている。
「よくやった!!」
俺たちは拳を突き出した。
「次は任せた!!」
佐伯さんは短く答える。
「おう!」
その声だけで十分だった。
佐伯さんは振り返る。
右軍を見据えた。
「今から俺が右軍へ突撃する!」
周囲の冒険者たちがざわつく。
「は?」
「正気か?」
「一人でか!?」
だが佐伯さんは構わない。
「雪乃たちは左軍!」
「冒険者たちは中央残党軍!」
「俺の合図で動け!」
それだけ告げる。
カミルさんたちが何か言おうとした。
だが。
佐伯さんは笑った。
「ご武運を!」
次の瞬間。
咆哮。
地面を蹴る。
そして右軍へ向かって一直線に駆け出した。
中央軍は壊滅状態。
だが右軍は無傷。
数百のゴブリンが一斉に佐伯さんを見る。
あまりにも無謀。
誰の目にもそう映った。
俺は雪乃さんを見る。
「雪乃さん」
「そろそろ――」
だが雪乃さんは首を振った。
「まだです」
その声は震えていた。
敵軍を見る。
佐伯さんへ全軍の意識が向いている。
中央残党も。
左軍も。
全てが右へ引き寄せられていた。
佐伯さんと右軍の距離は残り数メートル。
そして――。
右軍が動く。
数百のゴブリンが一斉に襲い掛かった。
「雪乃さん!!」
思わず叫ぶ。
だが雪乃さんは動かない。
唇を強く噛み締めていた。
血が流れている。
それでも目を逸らさない。
「まだです……!」
震える声。
「佐伯さんを信じてください!」
それは俺へ向けた言葉だったのか。
冒険者たちへ向けた言葉だったのか。
それとも自分自身へ向けた言葉だったのか。
分からない。
そして。
佐伯さんが軍勢に飲み込まれた。
そう見えた。
次の瞬間。
轟音。
「《大車輪》!!」
佐伯さんの声が響く。
その瞬間だった。
軍勢の中心が爆発した。
ゴブリンたちが吹き飛ぶ。
一体や二体ではない。
十体。
二十体。
三十体。
次々と宙を舞う。
巨大な鉄棍が暴風のように回転し、周囲のゴブリンをまとめて薙ぎ払っていた。
まるで軍勢そのものを削り取っているようだった。
右軍が混乱する。
中央残党軍が動く。
左軍も動く。
全てが右軍へ向かおうとした。
その時。
佐伯さんの声が戦場へ響いた。
「雪乃!!」
そして。
「いけ!!」
雪乃さんの目が変わった。
振り返る。
「みんな!!」
声を張り上げた。
「行くよ!!」
冒険者たちが雄叫びを上げる。
「おおおおおおおおっ!!」
中央軍へ雪崩れ込む。
その勢いのまま雪乃さんが俺の腕を掴んだ。
「私たちも行きましょう」
「《気配遮断》!」
「《韋駄天》!」
次の瞬間。
景色が吹き飛んだ。
速い。
速すぎる。
一瞬で左軍の目前まで到達していた。
俺は思わず右軍を見る。
佐伯さんがいた。
巨大な軍勢の中で。
たった一人で。
それでも押されていない。
いや。
押し返している。
まさしく孤軍奮闘。
その姿を見た雪乃さんが小さく息を呑む。
「……っ」
だが次の瞬間。
彼女は前を向いた。
そして左軍へ飛び込む。
俺も拳を握る。
「行くぞ!!」
雪乃さんの後を追って駆け出した。




