89 歓迎の夜
「佐伯さん……雪乃さん……」
思わず声が漏れた。
生きていた。
本当に生きていた。
胸の奥から何かが込み上げてきて、言葉にならない。
召喚されたあの日からずっと気になっていた。
この異常な世界で。
あの異常な状況の中で。
茉奈ちゃんを守ろうとしていた二人。
その二人と茉奈ちゃんが、こうして目の前にいる。
それだけで胸がいっぱいだった。
隣を見ると、真紀も涙を流していた。
雪乃さんは茉奈ちゃんを抱きしめたままこちらを見ている。
その瞳には涙が浮かんでいた。
一方の佐伯さんは、なぜか少し照れ臭そうに頭を掻いている。
俺は何とか言葉を絞り出した。
「無事だったんですね」
「本当に……良かった」
「この世界、何が起きるか分からないから、ずっと心配してたんです」
佐伯さんは苦笑した。
「色々あったけどね」
「こうして三人で元気にやってるよ」
そう言って笑う。
だが雪乃さんはまだ茉奈ちゃんを抱きしめていた。
まるで失ったものを取り戻したかのように。
茉奈ちゃんが困ったように笑う。
「雪乃さん」
「もう大丈夫だから」
そう言いながら背中をぽんぽん叩いている。
その光景に思わず笑ってしまった。
どっちが年上か分からない。
だが、それだけ大切だったのだろう。
茉奈ちゃんは。
俺も真紀も自然と笑顔になった。
それから俺たちは席に着き、お互いの近況を話し始めた。
だが――。
話を聞くうちに、俺の頭は混乱し始める。
食文化改革。
店舗経営。
ドライフルーツ事業。
魔物肉流通。
レストラン計画。
雇用促進。
街づくり。
俺たちは旅をしていた。
魔物を倒していた。
なのに佐伯さんたちは街を変えていた。
スケールがおかしい。
理解が追いつかない。
俺がぽかんとしていると、真紀が感心したように言った。
「佐伯さんって本当にすごいですね」
すると。
なぜか佐伯さん本人より先に雪乃さんの表情がぱっと明るくなった。
まるで自分が褒められたみたいだ。
その様子を見て真紀が口元を押さえている。
茉奈ちゃんまでニヤニヤしている。
雪乃さんはそれに気付いたらしく、頬を膨らませて二人を睨んだ。
慌てた茉奈ちゃんが話題を変える。
「そうそう!」
「佐伯さん、有名人なんだよ!」
「救世の冒険者って呼ばれてるんだから!」
俺と真紀は同時に固まった。
「は?」
「救世の冒険者?」
思わず聞き返してしまう。
すると雪乃さんが大きく頷いた。
「はい」
「他にも変革の旅人とか」
「天啓の救い手とか」
「色々ありますよ」
なぜか誇らしそうだ。
佐伯さんは真っ赤になっていた。
「だから、それやめてください……」
だが俺たちはそれどころじゃない。
街で聞いた。
市場でも聞いた。
酒場でも聞いた。
魔物肉を流通させた英雄。
食糧難を救った人物。
多くの人の生活を変えた救世の冒険者。
まさか。
目の前の佐伯さんだったなんて。
俺と真紀は顔を見合わせた。
驚きは大きかった。
だが不思議と納得もした。
俺たちが成長する道筋を示してくれた人だ。
神代たちの才能を見抜いた人だ。
俺たちの可能性を信じてくれた人だ。
この人なら。
街一つ変えてしまっても不思議じゃない。
そんな気がした。
話題を変えるように佐伯さんが聞いてくる。
「それで藤堂君たちは?」
「どうしてここへ?」
俺は苦笑した。
「真紀と二人で少し暴れまして」
「辺境伯を脅したみたいになったんですよ」
「そしたら嫌われちゃって」
「追い出されました」
すると佐伯さんと雪乃さんは顔を見合わせた。
そして妙に納得したように頷く。
「まあ、そうなるだろうね」
「あの辺境伯は自分の思い通りにならない人間を嫌うタイプでしょうし」
「二人とも元気いっぱいだから」
最後の言葉だけ少し引っ掛かったが。
何となく納得できた。
その後。
神代たちの話になった。
旧エドワード領へ向かったことを伝える。
部屋の空気が変わった。
さっきまでの賑やかさが嘘みたいに静かになる。
「神代のお兄ちゃんたちは強いから大丈夫だよ」
茉奈ちゃんが言う。
雪乃さんも頷く。
「太陽君もいますし」
「若葉さんもいます」
「みんな強くなっていましたから」
だが。
誰も笑わなかった。
旧エドワード領。
そこがどんな場所か。
俺たちは知っている。
伯爵領が滅んだ土地。
魔物と魔族が徘徊する危険地帯。
神代たちは強い。
それは間違いない。
それでも。
心配しない理由にはならない。
佐伯さんはしばらく考え込んでいた。
そして静かに呟く。
「無事でいてほしいな」
その一言に全員が頷いた。
しばらく重い空気が流れる。
だが佐伯さんは突然立ち上がった。
ぱんっと手を叩く。
「よし!」
「今日は再会記念パーティだ!」
空気が一気に明るくなる。
「佐伯さんらしいね」
真紀が笑った。
そして佐伯さんは台所へ向かう。
雪乃さんも立ち上がろうとしたが、
「今日は座っててください」
と止められた。
代わりに茉奈ちゃんが後を追う。
しばらくして。
食卓に並んだ料理を見た瞬間。
俺と真紀は固まった。
「は?」
「え?」
唐揚げ。
ピザ。
だし巻き卵。
数種類のパン。
そしてデザート。
見覚えしかない。
日本の料理だった。
「唐揚げじゃん!」
「ピザじゃん!」
思わず立ち上がる。
異世界で日本の料理を見る日が来るなんて思わなかった。
まず唐揚げを食べる。
肉汁が溢れた。
「うっま!」
思わず叫ぶ。
次にピザ。
チーズが伸びる。
香ばしい。
旨い。
懐かしい。
泣きそうになる。
だし巻き卵を食べる。
優しい味が口いっぱいに広がった。
「出汁ってどうしたんですか?」
真紀が聞く。
「コンブを見つけた」
佐伯さんが平然と言う。
意味が分からない。
さらにパン。
柔らかい。
香りが良い。
レーズンパン。
ミルクパン。
チーズパン。
どれも異世界で食べたパンとは別物だった。
そして最後。
クッキーとプリン。
一口食べた瞬間。
俺と真紀は完全に沈黙した。
理解が追いつかない。
美味すぎる。
甘い。
香りが良い。
口の中で溶ける。
「これが……奇跡の菓子……」
真紀が呆然と呟く。
昼間聞いた噂を思い出した。
王国の至宝。
大袈裟だと思っていた。
違った。
全然足りない。
これを表現する言葉が見つからない。
そしてそれを作ったのが茉奈ちゃんだと聞き。
俺たちはさらに驚いた。
「すげぇな……茉奈ちゃん」
心からそう思った。
楽しい時間はあっという間だった。
気付けば外は暗くなっている。
俺と真紀は帰ろうと立ち上がる。
すると。
佐伯さんが不思議そうな顔をした。
「え?」
「泊まっていかないの?」
俺と真紀は固まる。
雪乃さんも。
茉奈ちゃんも。
当然だろうと言わんばかりの顔をしていた。
俺たちは顔を見合わせた。
「泊まっていいんですか?」
そう聞くと。
佐伯さんは笑った。
「当たり前でしょ」
「仲間なんだから」
その言葉が胸に響いた。
俺と真紀は思わずハイタッチした。
「やった!」
「ありがとうございます!」
本当に嬉しかった。
泊まれることも。
再会できたことも。
でも何より。
佐伯さんが俺たちを仲間だと言ってくれたことが。
あの時。
俺たちだけがそう思っていたわけじゃなかった。
今もちゃんと繋がっている。
そのことが何より嬉しかった。




