88 再会
俺は茉奈ちゃんへ声を掛けようとして、一歩踏み出した。
その瞬間だった。
真紀が俺の服を強く引っ張る。
「待って、漣」
真紀の声は低かった。
いつもの調子ではない。
「周囲がおかしいの、気付いてるでしょ」
俺も視線を巡らせる。
店の周囲にいる男たち。
客じゃない。
買い物に来た様子もない。
視線だけがずっと店へ向いている。
「茉奈ちゃんを見てるな」
「そう」
真紀が頷く。
「もしあいつらの狙いが店じゃなくて茉奈ちゃん自身なら?」
「私たちが迂闊に動いた瞬間に何をするか分からない」
「少し様子を見ましょう」
俺は舌打ちしたくなった。
今すぐ全員ぶちのめしたい。
だが経験上、こういう時は真紀の判断が正しい。
俺は黙って頷いた。
それからしばらく。
俺たちは気配を消しながら店を見張り続けた。
茉奈ちゃんは忙しそうに働いている。
客へ商品を渡し。
笑顔で応対し。
会計をこなし。
次々と商品を補充していく。
その姿を見ながら俺は考えていた。
佐伯さんたちはどこにいるんだ。
一緒に逃げたはずだ。
まさか――。
嫌な考えが頭をよぎる。
だが茉奈ちゃんの表情を見る限り、絶望している様子はない。
それだけが救いだった。
やがて夕方。
長い行列が消え始める。
最後の客が帰る。
茉奈ちゃんが店先へ出てきた。
閉店の札を掛けようとした、その時だった。
男たちが動いた。
まるで合図でもあったかのように。
三人。
五人。
七人。
一斉に距離を詰める。
そのうち一人が茉奈ちゃんの腕を掴んだ。
「離して!」
茉奈ちゃんが叫ぶ。
だが男たちは構わない。
もう一人が口を塞ごうとする。
「真紀」
俺は短く呼んだ。
真紀も頷く。
次の瞬間。
風が唸った。
≪ウィンドカッター≫。
圧縮された風刃が男の腕を打ち抜く。
骨が砕ける嫌な音が響いた。
男が悲鳴を上げる。
その瞬間。
俺は地面を蹴った。
≪瞬光連鎖≫。
視界が白く流れる。
一人。
二人。
三人。
男たちの懐へ潜り込み、拳と蹴りを叩き込む。
骨が折れる音。
肺から空気が抜ける音。
男たちは悲鳴すら上げられず吹き飛んだ。
残った連中が武器を抜く。
遅い。
遅すぎる。
俺の怒りは既に限界を超えていた。
仲間を。
しかも茉奈ちゃんを。
力尽くで連れ去ろうとした。
それだけで十分だった。
≪爆熱連閃≫。
紅い閃光が走る。
男たちの足元が爆ぜる。
地面ごと吹き飛ばされ、男たちは転げ回った。
誰一人として立ち上がれない。
静寂。
店先に沈黙が落ちる。
俺は振り返った。
茉奈ちゃんが呆然と立ち尽くしている。
「大丈夫か?」
声を掛ける。
「茉奈ちゃん」
茉奈ちゃんの瞳が大きく見開かれた。
「藤堂……のお兄ちゃん……?」
震える声だった。
信じられないものを見るような目。
そこへ真紀が駆け込む。
そして。
何も言わず茉奈ちゃんを抱き締めた。
「よかった……」
声が震えている。
「本当によかった……」
ぽろぽろと涙が零れる。
茉奈ちゃんも目を見開いたまま固まっていた。
やがて。
「真紀お姉ちゃん……?」
小さく呟く。
次の瞬間。
堰を切ったように泣き出した。
張り詰めていたものが全部崩れたように。
声を上げて泣いていた。
俺は何も言わなかった。
ただ二人を見守った。
やっと会えたんだから。
それで十分だった。
しばらくして。
茉奈ちゃんが顔を上げる。
周囲には野次馬が集まり始めていた。
「あの……とりあえず中に入ろ?」
俺たちは頷いた。
店の奥へ通される。
店内には生活感があった。
一人暮らしではない。
それが分かっただけで少し安心した。
お茶を出してもらい、事情を話し始める。
その途中だった。
店の扉が勢いよく開いた。
「茉奈ちゃん!」
男が飛び込んでくる。
続いて冒険者らしい仲間たち。
「ああ、無事か!」
どうやら知り合いらしい。
事情を説明すると、男――カミルさんは深く頭を下げた。
「ありがとう」
「本当に助かった」
その後、外で倒れている男たちは冒険者ギルドへ連行されていった。
だが。
本当の騒ぎはその後だった。
店の扉が再び開く。
今度は凄まじい勢いだった。
「マナ!」
女性が飛び込んでくる。
次の瞬間。
茉奈ちゃんを強く抱き締めた。
まるで失うことを恐れるように。
震えている。
肩が小刻みに揺れている。
「怪我はない?」
「痛いところは?」
「怖い思いをしなかった?」
矢継ぎ早に問い掛ける。
涙声だった。
俺は思わず息を呑む。
雪乃さんだった。
そして。
その後ろから入ってきた男を見た瞬間。
空気が変わった。
佐伯さんだった。
だが俺たちの知る穏やかな佐伯さんではない。
怒っている。
静かに。
だが恐ろしいほどに。
部屋の温度が下がったように感じる。
「どこの誰だ」
低い声だった。
「マナに手を出したのは」
拳が震えている。
今すぐ犯人を探し出して叩き潰しそうな勢いだった。
茉奈ちゃんが慌てて言う。
「佐伯さん、大丈夫だから」
「藤堂のお兄ちゃんと真紀お姉ちゃんが助けてくれたから」
その言葉で。
佐伯さんの視線がこちらへ向いた。
一瞬。
沈黙。
そして。
「……無事でよかった」
そう呟いた。
その声だけで分かった。
どれほど心配していたのか。
どれほど大切に思っているのか。
雪乃さんも。
佐伯さんも。
本当に家族として茉奈ちゃんを守っている。
それが痛いほど伝わってきた。
そして次の瞬間。
佐伯さんも雪乃さんも、ようやく俺たちに気付いた。
「藤堂君……?」
「真紀さん……?」
驚き。
安堵。
喜び。
様々な感情が混じった表情だった。
俺は思わず笑った。
どうやら。
本当に再会できたらしい。




