84 試食会
俺たちは、ちょうど昼頃に冒険者ギルドへ入った。
昨晩は眠れないかと思っていたが、意外にもぐっすり眠れた。
体調は万全だ。
料理の提供順も三人で相談済みで、料理の説明は俺、料理の取り出しはマナ、配膳は雪乃さんが担当することになっている。
エリーナさんに声をかけると、すぐに大広間へ案内された。
参加者はすでに全員揃っているらしい。
中へ入ると、見知らぬ男性が一人、その後ろに兵士が二人控えていた。
おそらく自治区長だろう。
俺たちが挨拶をしようとすると、その男性は手を振った。
「そんなことはしなくていいよ」
「私は前ギルモア領主の息子だが、妾の子でね」
「礼儀なんて大して知らないんだ」
そう言って気さくに笑う。
そして俺に視線を向けた。
「君がカズキさんだね」
「噂は聞いているよ」
「この国を救ってくれてありがとう」
そう言って頭を下げられた。
俺が面食らっていると、ゼシカさんが豪快に笑う。
「驚いただろう?」
「自治区長はこういう人だ」
「気を遣わなくていいぞ」
そして手を叩いた。
「さあ、始めてくれ」
「みんな腹を空かせて待っているんだ」
周囲を見ると、全員が期待に満ちた目でこちらを見ている。
俺は苦笑しながら前へ出た。
「本日はお集まりいただきありがとうございます」
「早速ですが試食会を始めます」
「昨日お出しした菓子は最後にご用意しています」
「まずはこちらをご試食ください」
マナが茶碗蒸しとだし巻き卵を取り出す。
雪乃さんが配膳を終えると、俺は説明を始めた。
「右がだし巻き卵です」
「卵に出汁を加えて焼き上げています」
「左が茶碗蒸しです」
「同じく卵と出汁を使い、蒸し上げた料理になります」
参加者たちは少し戸惑った表情を見せた。
どうやらクッキーとプリンが出てくると思っていたらしい。
だが促されるまま口に運ぶ。
すると――。
「なんだ、この味は?」
「塩でもない」
「香草とも違うぞ」
「だが……うまい」
「優しいのに物足りなくない」
「本当に卵なのか?」
「俺の知っている卵料理と全然違うぞ」
次々に驚きの声が上がる。
自治区長も目を丸くしていた。
「不思議だな」
「強い味ではないのに、手が止まらない」
どうやら好評のようだ。
みんなが食べ終えたところで、次の料理へ移る。
今度はパンだ。
マナが普通のパン、レーズンパン、ミルクパン、チーズパンを取り出す。
雪乃さんが配膳を終えると、俺は説明した。
「こちらは四種類のパンです」
「以前お出ししたものに加え、新しい種類も用意しました」
自治区長がパンを手に取る。
「これが噂のパンか」
「確かに見た目から違うな」
一口食べると、目を見開いた。
「柔らかい!」
兵士たちも大きく頷く。
「香りもいい」
「これが同じ小麦から作られているとは思えん」
続いてレーズンパン。
「ドライフルーツが入っているのか」
「甘味がよく合うな」
さらにミルクパン。
「なんだこれは」
「さらに柔らかいぞ」
「自然な甘味がある」
最後にチーズパン。
「中からチーズが出てきた!」
「これは酒にも合いそうだ」
パンも大好評だった。
ここで俺は次の皿を示す。
「次の料理は、特にハンスさんに味わっていただきたいと思っています」
マナが料理を取り出す。
ベーコンとポジャイモ炒め。
そしてハムサンド。
配膳が終わると俺は一言だけ告げた。
「まずは食べてみてください」
全員が口に運ぶ。
しばらく咀嚼した後、自治区長が首を傾げた。
「うまい」
「だが、先ほどほどの驚きは感じないな」
するとゼシカさんが口を開いた。
「私はこっちが気になるな」
「この白いソースだ」
「酸味があって肉によく合う」
周囲も頷いている。
「それはマヨネーズと言います」
「料理に使ったり、生野菜にかけたりできます」
「便利な調味料ですよ」
みんなが感心したように頷く。
だが俺は首を振った。
「ただし、今回の主役はマヨネーズではありません」
「主役は肉です」
その言葉に視線が集まる。
「正確には加工肉です」
その瞬間だった。
ハンスさんが勢いよく立ち上がる。
「加工肉だと!?」
大広間が静まり返る。
「待て」
「この肉……保存できるのか?」
「長期間か?」
精肉業者らしい反応だった。
俺は頷く。
「可能です」
「だからこそ商品になります」
ハンスさんの目の色が変わる。
「そんな馬鹿な……」
「肉を保存できるだと……?」
しばらく考え込んだ後、真剣な目で俺を見る。
俺も真っ直ぐ見返した。
「ハンスさん」
「これを製造して販売しませんか?」
「作り方はお教えできます」
ジョージさんが慌てて手を上げる。
「この件は後ほどの事業説明会で議論しましょう」
「今は試食会です」
大広間に笑いが起きた。
そして最後の料理。
クッキーとプリン。
『奇跡の菓子』
そう呼ばれた二品だ。
配膳が終わる。
俺は短く言った。
「どうぞ」
それだけだった。
食べたことのあるエリーナさんたちは、すでに恍惚とした表情を浮かべている。
初めて口にする自治区長たちは――。
言葉を失った。
「……これは」
誰かが呟く。
「奇跡か」
静かな声だった。
「こんな甘味が存在していいのか……」
クッキーを食べた者も。
プリンを食べた者も。
誰もが無言になっていた。
特にプリンを食べた自治区長は、しばらく動かなかった。
やがて小さく息を吐く。
「同じ卵を使った料理とは思えない」
「茶碗蒸しとは似ても似つかぬ別物だ」
その言葉に全員が頷く。
大広間には静寂だけが残った。
俺はその空気の中で立ち上がる。
「以上で試食会を終了します」
すると自治区長がゆっくり顔を上げた。
「いや」
その一言で全員の視線が集まる。
「ここからが本番だろう」
自治区長は笑った。
「君たちが見せてくれた未来について」
「ぜひ聞かせてもらいたい」
その言葉に、全員が力強く頷いた。




