82 試食会の約束
「これの容器ということは、相当立派な器を用意するということですね?」
エリーナさんがプリンを見つめながら言った。
俺は首を横に振る。
「いえ。容器代込みで銅貨三~五枚くらいで販売したいと思っています」
その瞬間、全員の動きが止まった。
「……は?」
「これが、その値段で?」
「安すぎないか?」
ざわめきが広がる。
俺は苦笑した。
「今売っているドライフルーツだって、一袋銅貨一枚と鉄貨五十枚ですよ」
「その倍以上の値段ですから、別に安売りではないと思いますけど」
だが、全員納得していない顔だった。
俺は肩をすくめる。
「ちゃんと利益は出ますし、原価割れもしません」
「それに、こんな商品も売ろうと思っています」
そう言うと、マナが待っていましたと言わんばかりにクッキーを取り出した。
「これは……クッキーか?」
「知ってるぞ。貴族が紅茶と一緒に食べるやつだろ?」
「正直、あまり美味しくないんだよな」
そんな反応だったので、試食を勧める。
全員が一口食べた瞬間、表情が変わった。
「なんだこれ?」
「知ってるクッキーと違うぞ」
「柔らかい……」
「うまいじゃないか」
次々と驚きの声が上がる。
俺は笑いながら言った。
「六枚入りで銅貨二枚を予定しています」
「明日からでも販売できますよ」
すると、
「いや、これは売れる」
「俺、明日買いに行く」
「絶対人気出るだろ」
と大好評だった。
好感触だ。
俺は続ける。
「ちなみに、このクッキーはマナが作りました」
「そしてプリンはユキノが作ったものです」
二人が少し照れたように笑う。
「しばらくはうちの店だけで販売しますが――」
俺は少し悪戯っぽく笑った。
「時期が来たら作り方も公開する予定です」
その瞬間だった。
エリーナさんが椅子からずり落ちた。
「えっ?」
そして何も言わず応接室から飛び出していく。
俺たちは呆然と扉を見つめた。
数十秒後。
廊下から激しい足音が響く。
ドタドタドタドタ――!
勢いよく扉が開いた。
エリーナさんと共に現れたのは、ゼシカさんとジョージさんだった。
開口一番、ゼシカさんが叫ぶ。
「カズキ! 奇跡の菓子を持ってきたそうだな!」
「奇跡の菓子?」
俺が首を傾げると、
「今のクッキーとプリンですよ!」
とエリーナさんが力説した。
いや、さすがに大げさでは……。
そう思ったが、誰も笑わない。
ジョージさんが真剣な顔で聞いてくる。
「その作り方を公開する予定だとか?」
「はい。そのつもりです」
俺が答えると、
「馬鹿者!!」
ゼシカさんの怒声が響いた。
俺は思わず肩を震わせた。
「また街をひっくり返すようなことを勝手に決める気か!」
「今やお前の考え一つで街の経済が動くのだぞ!」
「自治区長抜きで決めてよい話ではない!」
ぐうの音も出ない。
俺がしょんぼりしていると、
「お言葉ですが、ゼシカ様」
静かな声が響いた。
雪乃さんだった。
全員の視線が集まる。
「私どもと冒険者ギルドの窓口はエリーナさんです」
「カズキは正式な手順で相談に参りました」
「それを頭ごなしに叱責されては、今後相談しづらくなります」
「私どもは、これからも冒険者ギルドと良好な関係を築きたいと考えております」
「どうかご理解いただけませんか?」
雪乃さんは真っ直ぐゼシカさんを見つめていた。
しばらく沈黙が続く。
やがてゼシカさんは小さく息を吐いた。
「……すまなかった」
「私が興奮しすぎた」
そう言って頭を下げる。
雪乃さんは柔らかく微笑んだ。
「頭をお上げください」
「ご理解いただければ、それで十分です」
そして、
「ねえ、あなた?」
そう言って俺へ微笑みかけた。
胸の奥が熱くなる。
俺は黙って頷いた。
ジョージさんが苦笑する。
「失礼しました」
「それでは明日、試食会と事業説明会を行いましょう」
話は一気に進んだ。
参加者は俺たち三人。
ゼシカさん、エリーナさん、ジョージさん。
さらに自治区長と護衛。
ユリウスさんたちも見学参加することになった。
俺は一つお願いをする。
「できればエリオットさんとハンスさんにも来ていただきたいんです」
「少し相談したいことがありまして」
快く了承された。
最後にゼシカさんがニヤリと笑う。
「自治区長も参加する」
「人数分のプリンとクッキーを頼むぞ」
少し間を置いて、
「もちろんパンもな」
と言った。
俺も思わず笑ってしまう。
「了解です」
帰り道。
俺は雪乃さんに声を掛けた。
「今日はありがとうございました」
「助かりました」
雪乃さんは首を傾げる。
「何のことでしょう?」
「ゼシカさんに怒鳴られた時です」
「守ってくれたでしょう?」
「すごく嬉しかったです」
そう言うと、雪乃さんはみるみる顔を赤くした。
そして小さな声で言う。
「……妻ですから」
その一言でさらに真っ赤になり、俯いてしまった。
俺は思わず苦笑する。
夫婦設定をちゃんと続けてくれているんだな。
そう思っただけだった。
後ろではマナが、
「はぁ……」
と呆れたような、それでいて楽しそうな顔で笑っていた。




