81 救世の冒険者
今日まで店を休み、俺たちは久しぶりに三人で冒険者ギルドへ向かっていた。
以前と変わらないはずなのに、なぜだか落ち着かない。
雪乃さんもマナも、いつもどおり楽しそうに話している。
変わったのは俺だけだ。
気付けば雪乃さんを目で追ってしまう。
意識しないようにすればするほど、その姿が気になって仕方がない。
「佐伯さん、どうしたの?」
マナが不思議そうに首を傾げた。
「いや、なんでもないよ」
そう答えると、マナはじっと俺を見つめた後、
「ふーん」
とだけ言って、また雪乃さんとの会話に戻っていった。
……たぶん気付かれている。
今回の件も、結局はマナのおかげで解決したようなものだ。
この子は人の感情の機微に敏感だ。
それはスキルではなく、生まれ持った才能なのだろう。
本当に頭が下がる。
そんなことを考えているうちに、冒険者ギルドへ到着した。
すると、入ってすぐに声を掛けられる。
「おう! カズキ! 久しぶりだな!」
振り向くと、ユリウスさんとカミルさん、そして見知らぬ男性が立っていた。
俺は手を上げる。
「お久しぶりです」
ユリウスさんが隣の男性を指差した。
「こいつはデビット。パーティ《紅の炎龍》のリーダーだ。銀級冒険者だぞ」
デビットさんは手を差し出してくる。
俺も握手を返した。
「カズキです。こちらは妻のユキノと娘のマナです」
するとデビットさんは二人に丁寧に頭を下げた後、雪乃さんを見つめた。
「カズキさんの奥様でしたか……」
露骨に肩を落とす。
その様子を見てユリウスさんとカミルさんが大笑いした。
「実はよ、こいつが冒険者ギルドに天使がいるって騒ぎ出してな」
「話を聞いたらユキノさんのことだったんだよ」
「旦那がいるって言っても信じねぇし」
「一度でいいから会わせてくれってうるさくてな」
デビットさんは顔を真っ赤にしている。
雪乃さんは困ったように照れていた。
マナは当然だと言わんばかりに頷いている。
俺も……まあ、分からなくはない。
雪乃さんは本当に綺麗だ。
だが、なぜだろう。
デビットさんを見ると少しだけ胸の奥がモヤっとした。
別に悪い人じゃない。
見る目もある。
なのに面白くない。
……なんでだ?
自分でも理由が分からない。
するとユリウスさんたちが笑いながら言った。
「ま、これでデビットも諦めがついただろ」
「なんせ救世の冒険者が相手だからな」
「勝ち目なんかねぇよ」
俺は首を傾げた。
「救世の冒険者?」
三人は逆に驚いた顔になる。
「なんだ、お前知らないのか?」
「今じゃ救世の冒険者とか変革の旅人とか呼ばれてるぞ」
「街じゃ結構有名だ」
俺は慌てて首を振る。
「なんでそんなことになってるんですか?」
「俺、ドライフルーツ売ってるだけですよ?」
すると三人は一瞬ぽかんとしてから爆笑した。
「あのドライフルーツ、お前だったのか!」
「うちの連中も大好物だぞ!」
「遠征に持っていって配ってるやつまでいる」
俺は呆然とした。
そんなに広まっていたのか。
しかしユリウスさんは笑いながら首を振る。
「違う違う」
「異名の理由はドライフルーツじゃねぇ」
「魔物肉だよ」
「安く肉が食えるって街中大騒ぎさ」
「話は他領にも広がった」
「救われた人たちが、誰が始めたんだって調べてな」
「そこでカズキの名前が広まったんだ」
俺は絶句した。
食文化を変えようとは思った。
だが、有名になろうなんて考えたことはない。
隣を見ると雪乃さんもマナも当然のような顔をしている。
俺だけが取り残されていた。
そのまま二人に引きずられるようにエリーナさんの受付へ向かう。
なぜかユリウスさんたちまで付いてきた。
エリーナさんは俺を見るなり少し心配そうな顔をした。
「カズキさん、どうかされたんですか?」
するとユリウスさんが笑う。
「世間の評価を今知ったところさ」
「ああ、なるほど」
エリーナさんも納得したように微笑んだ。
そのまま応接室へ案内される。
全員が席に着いたところで俺は本題を切り出した。
「今日は容器の相談に来ました」
「今度、店で新しい商品を出そうと思っているんです」
するとマナがすかさずプリンを取り出してテーブルへ並べる。
「これはプリンという食べ物です」
「柔らかい甘味なので、販売するには専用の器が必要なんです」
エリーナさんたちは興味深そうに見つめていた。
ぷるりと揺れる黄色い菓子。
この世界では見たこともない食べ物だろう。
俺は笑いながら勧める。
「よかったら試食してください」
全員がスプーンを手に取った。
まずエリーナさんが一口食べる。
その瞬間、目を見開いた。
「え……?」
続いてユリウスさん。
カミルさん。
デビットさん。
全員が言葉を失う。
スプーンが止まらない。
しばらく無言で食べ続けた後、
「なにこれ……」
エリーナさんが呟いた。
「こんな柔らかい菓子、初めてだ」
ユリウスさんが驚いたように言う。
「甘いだけじゃないな」
「口の中で溶けるぞ」
カミルさんも感心している。
そしてデビットさんが深く頷いた。
「やっぱりカズキの後について来て正解だったな」
「毎回、常識を壊していきやがる」
その言葉に全員が笑った。
俺は頭を掻く。
どうやらまた一騒動起きそうな予感がした。




