80 三人の日常
俺たちは家に戻った。
なんだか照れくさくて、俺は話題を変えるように言った。
「お腹すいてないか? この間、卵とミルクを買ってきてるから、久しぶりに俺が料理するよ」
するとマナが、ぱっと顔を輝かせる。
「やった! お腹めちゃめちゃ空いてたんだよね!」
「私、手伝うよ!」
雪乃さんも微笑みながら頷いていた。
久しぶりに三人で料理をする。
マナにはクッキーを、雪乃さんにはプリンを作ってもらうことにした。
俺は二人に作り方を教えながら準備を進める。
雪乃さんにプリンの作り方を説明していると、ふと先ほどの出来事が頭をよぎった。
――私の前からいなくならないでください。
――私には、あなたが必要です。
――あなたも、私にとって大切な人なんです。
泣きながら必死に訴えてくれた雪乃さんの姿が脳裏に浮かぶ。
もしかして雪乃さんは、俺に好意を持ってくれているのだろうか。
そんな考えが頭をよぎった。
……いや、そんな訳ない。
四十六歳独身のおっさんに、こんな美しくて可憐な女性が好意を抱くはずがない。
何を考えているんだ、俺は。
そう思って頭を振っていると、
「どうかしましたか?」
雪乃さんが不思議そうに俺を見つめていた。
その仕草が妙に可愛く見えてしまう。
「あ、いえ。別に……」
慌ててそう答え、その場を離れる。
帰ってきたはいいものの、これまでどおり雪乃さんに接することができるだろうか。
そんな不安を抱えながら、俺は料理の準備を始めた。
まずはコンブで出汁を取る。
苦労して手に入れたコンブだ。
いや、正確には俺の身勝手な行動で余計な苦労をしたコンブだが。
とにかく、うまく出汁が出なければ困る。
そんな思いを込めながら鍋を見守る。
しばらくすると、懐かしい香りが立ち上った。
「ああ……」
思わず声が漏れる。
出汁の香りだ。
日本人なら誰もがどこかで覚えている、あの香り。
ふと見ると、雪乃さんもマナも目を閉じて香りを味わっていた。
やっぱり同じなんだな。
そんなことを思いながら、俺はもう一つの日本人の心について考える。
米だ。
米がない。
この世界のどこにも見当たらない。
作ろうにも稲そのものが見つからない。
どうしたものか。
米、食べたいな……。
そんなことを考えているうちに、マナのクッキーが焼き上がった。
一枚もらって口に入れる。
サクッとした食感と優しい甘さが広がった。
「これ、店で出せるんじゃない?」
思わずそう言うと、
「確かに……これは売れると思いますよ」
雪乃さんも頷く。
マナは照れくさそうに笑った。
「明日、お店に並べてもいいかな?」
「もちろん」
「私は試食で配ってみるね」
俺と雪乃さんがそう答えると、マナは嬉しそうに笑った。
続いて雪乃さんのプリンも完成する。
カラメルはないが、綺麗なカスタードプリンだ。
早速試食する。
スプーンを入れると柔らかく揺れ、口に運ぶと優しい甘さが広がった。
「いや、これも売れるでしょ!」
「すごく美味しいんだけど!」
俺とマナは大絶賛する。
容器の問題があるため、店で販売するなら何か考えなければならない。
明日、エリーナさんに相談してみようという話になった。
そして俺が作っていた茶碗蒸しと魔物肉カツも完成する。
魔物肉カツは予想どおり大好評だった。
だが、それ以上に驚かれたのは茶碗蒸しだった。
「なにこれ……」
雪乃さんが目を丸くする。
「すごく優しい味……」
マナも感動したように呟く。
やはり決め手は出汁だ。
コンブ出汁が入るだけで、料理の世界が一気に広がる。
うどん。
だし巻き卵。
肉じゃが。
おひたし。
味噌さえあれば味噌汁だって作れる。
次々とアイデアが浮かんでくる。
そして考えれば考えるほど、米が欲しくなる。
そんなことを考えていると、雪乃さんがぽつりと言った。
「この世界、お米を見かけませんね」
「お米を食べる文化がないのかな?」
マナも首を傾げる。
確かにその可能性はある。
日本では麦を家畜の餌にしていた時代もあった。
もしかすると、この世界では逆なのかもしれない。
米を家畜の餌として扱っている可能性だってある。
もしそうなら――。
俺たちが探しているものは、意外と近くにあるのかもしれなかった。




