78 すれ違う思い
佐伯さんが店からいなくなって、今日で丸二日が経った。
店は相変わらず繁盛している。私は忙しく働いていた。
だけど――雪乃さんは元気がない。
いつものようにドライフルーツの入った籠を持って街へ出かけるものの、籠の中身はほとんど減らないまま帰ってくる。
佐伯さんがいた頃は違った。
空になった籠を抱え、多くのお客さんを引き連れて帰ってきていたのに。
それに、佐伯さんがいなくなってから、雪乃さんはまともに食事も取っていないし、ほとんど眠っていないようだった。
初日は店の奥でずっと泣いていた。
昨日は佐伯さんの部屋の前でうずくまり、泣いていた。
今日はどこで泣くのだろうか。
いつまで泣き続けるのだろうか。
そんなことを考えながら見ていると、雪乃さんの身体がふらりと揺れた。
慌てて駆け寄る。
「大丈夫よ。心配かけてごめんね」
力のない声だった。
顔は青白く、目の下には大きな隈ができている。
ダメだ。
このままじゃダメだ。
私は決心した。
翌日。
私は店を開けなかった。
店の奥から雪乃さんが降りてくるのを待つ。
やがて、ふらふらと階段を下りてきた雪乃さんが不思議そうな顔をした。
「あれ? お店、今日は休みだったかな?」
「今日は臨時休業です」
そう答えると、雪乃さんは椅子に腰を下ろし、
「そう……ごめんね」
と小さく呟いた。
私は雪乃さんを抱きしめる。
「今日は二人で廃村に行きます」
「ちょっと佐伯さんの様子を見に行きましょうよ!」
できるだけ明るく言う。
雪乃さんは目を大きく見開いた。
「え?」
そして慌てたように首を振る。
「ダメよ。ダメ。絶対に行かない」
「なんで? 心配じゃないの?」
そう聞くと、雪乃さんの目から涙が零れた。
「心配してないわけないじゃない……」
「心配で、心配で……どうにかなりそうなの……」
震える声だった。
そして続ける。
「それに私、佐伯さんを傷つけてしまった」
「あんなに喜んでいたのに」
「私は一緒に喜ぶべきだったのに」
「自分の一方的な気持ちで、佐伯さんの喜びを奪ってしまった……」
私は首を傾げた。
「そうかな?」
「それって雪乃さんが勝手に思っていることじゃない?」
雪乃さんが顔を上げる。
「佐伯さんも、雪乃さんを傷つけたって言ってたよね?」
「お互い勘違いなんじゃないかな?」
黙って聞いている。
私は続けた。
「雪乃さんは、佐伯さんに抱きしめられたことが嫌だったの?」
雪乃さんは首を横に振った。
「じゃあ、佐伯さんが雪乃さんを傷つけたっていうのも勘違いかもしれないよね?」
涙を浮かべたまま、こちらを見つめている。
「だったら、雪乃さんが佐伯さんを傷つけたっていうのも勘違いかもしれないじゃない?」
雪乃さんは何も言わない。
でも、ちゃんと聞いていた。
「ちゃんと話し合わないと、このまま別々になっちゃうよ」
「それでいいの?」
今度は大きく首を横に振る。
「じゃあ、行こ?」
しばらくしてから、小さく頷いた。
「少し身支度を整えたい」
というので待つことにした。
しばらくして降りてきた雪乃さんは、
「やっぱり明日にしない?」
と言い出した。
理由を聞くと、
「こんな顔じゃ会えない」
とのことだった。
乙女か。
そう思ったけれど、口には出さない。
今日は遠くから様子を見るだけにしよう。
無事かどうか確認して、少しでも安心しよう。
そう説得した。
「佐伯さんの姿を見ないことには、雪乃さん眠れないでしょ?」
そう言うと、
「うん……」
と小さく返事をした。
いきなり廃村へ≪テレポート≫して、佐伯さんと鉢合わせするのもどうかと思ったので、私たちは少し離れた場所へ転移した。
雪乃さんに≪気配遮断≫を使ってもらい、静かに小屋へ近づく。
小屋の前には何かが大量に干されていた。
どう見てもコンブだ。
やがて小屋の扉が開いた。
出てきたのは佐伯さんだった。
その姿を見た瞬間、雪乃さんの目から大粒の涙が溢れる。
佐伯さんは干してあるコンブを一枚ずつ手に取り、状態を確認していた。
そしてふと空を見上げる。
しばらく眺めたあと、大きなため息を一つ吐いた。
それから小屋へ戻る。
少しして再び出てきた。
今度は装備を身につけている。
廃村の外へ出ると、魔物狩りを始めた。
凄まじかった。
まるで鬼神のようだった。
現れた魔物を次々と討伐していく。
そして戦いが終わるたびに空を見上げる。
しばらく眺めては、大きなため息を吐く。
また魔物を狩る。
それを何度も繰り返していた。
やがて日が落ちる。
佐伯さんは小屋へ戻っていった。
夜もかなり更けている。
それなのに小屋の灯りは消えない。
そういえば、煙突から煙が出ていなかった。
食事をしているのだろうか。
少し心配になる。
隣を見ると、雪乃さんはずっと小屋を見つめていた。
私はそっと声を掛ける。
「また明日来ようね」
雪乃さんは名残惜しそうにしながらも、小さく頷いた。
そして私たちは≪テレポート≫で家へと戻った。




