76 後悔
佐伯さんは、そのまま部屋へ閉じこもってしまった。
私は一人、店の奥へ行き、ぼんやりと考え込む。
嬉しかったからといって、普通、女性を抱きしめたりするだろうか。
それも――私みたいな魅力のない女を。
佐伯さんにとって私は、友達のような感覚なのかもしれない。
そう思うと胸が苦しくなる。
だったら、あんな態度は取るべきじゃなかった。
抱きしめ返すくらいしてあげればよかったのかもしれない。
せっかく佐伯さんが喜んでいたのに。
そんなことを考えていると、ぽたりと涙が落ちた。
結局のところ――
私は女性として見られていないのだ。
そう思った瞬間、涙が止まらなくなった。
すると不意に後ろから声がした。
「先ほどは、本当に申し訳ありません」
振り返ると、佐伯さんが立っていた。
「自分勝手な行動で、雪乃さんを傷つけてしまったこと、心から申し訳なく思っています」
「しばらく反省の意味も込めて、一人になります」
「廃村へ戻り、自分を見つめ直します」
「雪乃さんの気持ちが落ち着くまで戻ってきません」
そう言って、深々と頭を下げる。
私は突然のことで頭が真っ白になった。
何も言えない。
やがて佐伯さんが顔を上げる。
そこには今まで見たことのない表情があった。
後悔と悲しみが入り混じったような顔。
その顔を見た瞬間、胸が締め付けられた。
ああ。
私は佐伯さんに、なんて顔をさせてしまったのだろう。
けれど言葉は出ない。
そのまま佐伯さんは踵を返し、店を出て行った。
私は呼び止めることができなかった。
☆★☆★☆★☆★☆★
佐伯さんが店先へやって来た。
さっきまで雪乃さんと話していたみたいだ。
「マナ、ちょっといいかな」
呼ばれて近付く。
すると佐伯さんは静かに言った。
「俺、しばらく廃村に行くよ」
「冒険者ギルドから連絡があったら教えてくれ」
「ドライフルーツの在庫はあそこにある」
「無くなったら廃村まで取りに来てくれ」
そこまで言うと、佐伯さんは頭を下げた。
「ごめんな」
「俺の愚かな行いで迷惑をかける」
私は慌てて口を開く。
「なんで……」
しかし佐伯さんは首を振った。
「俺は、やってはいけないことをした」
「雪乃さんを傷つけた」
「少し、自分を見つめ直したいんだ」
そう言って顔を上げる。
そこにあったのは、今まで見たことのない表情だった。
後悔と悲しみに満ちた顔。
私は言葉を失う。
すると佐伯さんは、どこか寂しそうに笑った。
「じゃあな」
そう言い残して店を出て行く。
私は慌てて店の奥へ駆け込んだ。
雪乃さんは椅子に座ったまま俯いている。
「いいの!?」
「佐伯さん、行っちゃったよ!」
その言葉に雪乃さんが顔を上げた。
目を大きく見開く。
そして――。
ぽろぽろと涙を流し始めた。
「いいわけ……ないじゃない……」
嗚咽混じりの声だった。
私は慌てて雪乃さんの肩を抱く。
けれど雪乃さんの涙は止まらなかった。
☆★☆★☆★☆★☆★
俺は雪乃さんを傷つけてしまった。
嬉しかったからといって、女性に抱きつくなど言語道断だ。
自分でも信じられないほど軽率だった。
部屋に閉じこもり、どうするべきかを考える。
まず謝罪は絶対だ。
それだけは譲れない。
俺は雪乃さんにもマナにも甘えすぎていた。
信頼してくれていた。
一緒に歩んできてくれた。
そんな大切な人を傷つけた。
守るどころか傷つけた。
自分勝手にもほどがある。
俺は一人になるべきだ。
そう思った瞬間、涙が溢れた。
俺は二人を守っているつもりだった。
けれど違った。
守られていたのは俺の方だったんだ。
そう考えると情けなくて仕方がない。
俺は部屋を出た。
雪乃さんに謝罪した。
雪乃さんは何も言わなかった。
当然だろう。
許されるようなことではない。
そのまま店先へ向かう。
マナに店のことを頼んだ。
守ると言っておきながら、この有様だ。
きっと軽蔑されているだろう。
そう思うと余計に惨めになった。
俺は足早に店を出る。
ゼストの門を抜ける。
空はすっかり暗くなっていた。
夜風が冷たい。
それでも歩き続ける。
こんなに暗ければ――
四十六歳のおっさんが泣いていても、誰も気づかないだろう。
そう思うと、少しだけ気が楽になった。




