75 開店
さて、ゼストに店を構え、ドライフルーツの販売を始めてから十日が過ぎた。
開店当初は客足もまばらで、
「本当にやっていけるのだろうか」
と不安になることもあった。
だが、俺たちには雪乃さんがいた。
雪乃さんは長年営業職として働いてきた女性だ。
開店したばかりの頃は、俺がドライフルーツ作りに励み、マナが接客を担当していた。
一方で雪乃さんは店先に立ち、行き交う人々をじっと観察していた。
何をしているのだろうと思っていたのだが――。
数日後、その理由が分かった。
雪乃さんはドライフルーツを籠に詰めると、店の外へ出ていった。
しばらくして戻ってきたと思ったら、大勢の客を連れてきたのだ。
話を聞くと、市場で声を掛け、試食してもらいながら、俺から聞いた商品説明をしていたらしい。
しかも、誰彼構わず声を掛けたわけではなかった。
観察している間に、
「市場によく来る人」
を見極めていたという。
狙ったのは若い女性や主婦層、女性冒険者たちだった。
雪乃さんの感覚では、ドライフルーツは女性に受ける商品だと思ったらしい。
女性人気が出れば、
恋人や妻への贈り物として男性も購入する。
そうなれば自然と男性にも広まる。
そういう戦略だった。
営業戦略ってやつか。
正直、俺にはなかった発想だ。
俺は、
「商品が良ければ、そのうち売れるだろう」
くらいにしか考えていなかった。
だが雪乃さんの戦略は見事に的中した。
今では店は大繁盛している。
俺は雪乃さんに頭を下げた。
「雪乃さんのおかげです。ありがとうございます」
すると雪乃さんは少し照れたように笑う。
「営業職ですから」
その笑顔を見た瞬間だった。
胸の奥が、ぎゅっと締め付けられるような感覚が走る。
今まで経験したことのない感覚だ。
新しいスキルでも覚えたのだろうか。
いや、たぶん違う。
雪乃さんは空になった籠へ商品を詰めると、再び街へ出ていった。
俺はその後ろ姿を、しばらく見つめていた。
☆★☆★☆★☆★☆★
店番は雪乃さんとマナに任せ、俺は一人で冒険者ギルドへ向かった。
魔物肉流通の打ち合わせのためだ。
エリーナさんに案内されて応接室へ入ると、
ゼシカさんとジョージさん、それに見知らぬ男性が一人いた。
挨拶をすると、エリーナさんが紹介してくれる。
「こちらは精肉店を営んでいるハンス・シュナイダーさんです」
なるほど。
魔物肉流通の協力者というわけか。
話を聞くと、ハンスさんは魔物肉の販売に前向きらしい。
ただし、自分の目で確認して納得したいとのことだった。
その言葉を聞いて、俺は好感を持った。
新しいことに挑戦するなら、
自分で見て、確かめて、責任を持つ。
職人らしい考え方だと思う。
俺たちはヨーゼフさんの解体場へ向かった。
ヨーゼフさんが角うさぎの死体に聖水を掛ける。
黒い瘴気が立ち上り、消えていく。
その後、手際よく解体が始まった。
取り出された肉を、ハンスさんが手に取る。
感触を確かめるように何度も触っていた。
俺はその肉を受け取り、その場で塩焼きにする。
焼き上がった肉をハンスさんへ渡した。
一口食べたハンスさんは、
「ほぅ……」
とだけ呟いた。
ジョージさんが尋ねる。
「どうですか?」
ハンスさんは即答した。
「悪くない。いや、かなり良い」
「むしろ今まで食べられなかったのが不思議なくらいだ」
「瘴気がなくなった肉ってのは、こんなにも甘くて柔らかいのか」
そう言った後、今度はゼシカさんたちへ向き直る。
「魔物の種類によって味も変わるんだろう?」
「それで、どれくらい卸してもらえるんだ?」
ジョージさんが答える。
「最初は販売も難しいだろうから、少量から始めようと思っている」
「価格は通常の肉より三割ほど安くする予定だ」
「何しろ、冒険者が毎日大量に持ち込むからね」
するとハンスさんは豪快に笑った。
「安いのはありがたい」
「だが少量ってのが気に食わんな」
「肉をどう売るか考えるのは俺たちの仕事だ」
「売れるかどうか分からないからって、少ししか仕入れなかったら、他の肉屋に先を越されちまう」
そして力強く言った。
「一日百五十キロを目安に卸してくれ」
「これから先、こっちの肉が主流になるだろうからな」
ジョージさんがゼシカさんを見る。
ゼシカさんは満足そうに頷いた。
その瞬間、ジョージさんとハンスさんが握手を交わす。
どうやら商談成立らしい。
☆★☆★☆★☆★☆★
帰り道。
市場でミルクや卵を買い込んでいると、魚屋で珍しく魚が売られていた。
店主に味を聞きながら魚を見ていると、店の奥に緑色の塊が見える。
「ご主人、それは?」
そう尋ねると、店主は苦々しい顔をした。
「ああ、ゴミだよ」
「魚を仕入れる籠に紛れ込んでくるんだ」
「売り物にもならねぇし、処分も面倒でな」
俺は思わず息を飲んだ。
どう見てもコンブだった。
コンブだ。
完全にコンブだ。
動揺を悟られないよう努めながら言う。
「じゃあ、俺が買い取ろうか?」
店主は目を丸くした。
「こんなゴミをか?」
俺は銅貨十五枚を差し出した。
すると店主は満面の笑みになる。
「ありがとな!」
「こんなもんでも買ってくれる人がいるんだな!」
俺も笑顔で答えた。
「また手に入ったら譲ってくれ」
「あそこの店をやってるから」
店主は大きく頷いた。
俺は急いで店へ戻った。
店の中に入るなり、雪乃さんを抱きしめる。
「やりましたよ、雪乃さん!」
「ついにコンブを手に入れました!」
「これで出汁が取れます!」
興奮しすぎていた。
すると雪乃さんの身体が硬直する。
「ち、近いです……」
「佐伯さん、離してください……」
その言葉で我に返った。
慌てて身体を離す。
「す、すみません……」
「出汁が取れると思ったら嬉しすぎて……」
雪乃さんは顔を真っ赤にして俯いている。
しまった。
やらかした。
俺は頭を抱えたくなった。
そんな俺の後ろで――
マナがニヤニヤと笑っている気配がした。




