73 (閑話)星に願いを
結局、魔物肉をまだ食べていないことに気付いたゼシカ様が、塩焼きにした魔物肉へ豪快にかぶりついた。
「なんだこれは。すごく柔らかいな」
「こんな肉は食べたことがないぞ」
「本当に塩を振って焼いただけなのか?」
次々と質問が飛ぶ。
すると佐伯さんが苦笑しながら答えた。
「はい。塩を振って焼いただけです」
「ちなみに、これは角うさぎの肉ですね」
「この肉を食べると、数分間だけ敏捷性が上がります」
その言葉に、その場にいた全員が目を見開いた。
ゼシカ様は勢いよく立ち上がると、その場で身体を動かし始める。
「……確かに、少し動きが軽くなった気がするな」
その言葉を聞き、他の人たちも同じように身体を動かし始めた。
「本当だ」
「確かに違う」
そんな声が次々と上がる。
すると佐伯さんは、今度はポトフを指差した。
「こちらのスープに使っているのはグレートボアの肉です」
「この肉には、一時的に筋力を向上させる効果があります」
またしても皆が驚いていた。
その後、ジョージさんが
「他にも何かあるのでしょう?」
と催促すると、佐伯さんは困ったように笑いながらワインを取り出した。
「お酒が苦手な方は無理をしないでくださいね」
そう言いながら、一人ひとりに少量ずつ注いでいく。
皆が口に含んだ瞬間、
「これは……」
と絶句した。
その反応を見て、佐伯さんは満足そうに微笑む。
「これは第三弾の商品です」
「食事用のお酒として提供しようと思っています」
「第四弾は、今研究中ですね」
そう言って笑った。
醤油のことは、まだ秘密にしておくつもりらしい。
私は察して黙っていた。
マナも、何も言わずにすました顔をしている。
本当に賢い子だ。
そして可愛い。
だけど最近は、よく私をからかってくる。
こういう時のマナは本当に手強い。
何とかしなきゃと思うのだけれど、その可愛さについ許してしまう。
その後、私たちは店舗兼住居へ案内された。
綺麗な建物だった。
目の前には、以前訪れた大きな雑貨店がある。
佐伯さんは大喜びしていた。
契約を済ませ、明日また冒険者ギルドへ来る約束をして解散となる。
帰り際、エリーナさんがこちらに向かって頭を下げた。
佐伯さんは満面の笑みで大きく手を振る。
それを見て、エリーナさんも笑顔を返していた。
胸が少し痛んだ。
その後は三人で引っ越し作業だ。
とはいえ、マナの≪次元収納≫と≪テレポート≫のおかげで、あっという間に終わってしまった。
本当にすごい子だと思う。
神様みたいな力を持っていて、佐伯さんの役にも立っている。
正直、羨ましかった。
だからせめて、私はドライフルーツの陳列くらい頑張ろうと思った。
すると佐伯さんが、
「綺麗に並べてくれてありがとう」
と言ってくれた。
嬉しかった。
涙が出そうになるくらい嬉しかった。
だけど、必死にこらえた。
その夜。
新しい家のバルコニーで、一人星空を見上げていた。
今日の出来事を思い返す。
ゼストまでの道中。
討伐依頼。
そして――
佐伯さんが私に言ってくれた言葉。
『大切な人ですから』
思い出すだけで胸が熱くなる。
佐伯さんのことを考える。
駄目だ。
また涙が溢れてくる。
こんな気持ちを持ってはいけない。
元の世界に帰れば、きっと私たちは別々の人生を歩く。
佐伯さんには佐伯さんの生活がある。
もしかしたら家庭があるのかもしれない。
家庭がなくても、あんなに素敵な人なのだから、恋人くらいいるだろう。
私みたいな、特別可愛くもないアラサーの女なんて相手にされない。
前の職場で助けてくれた佐伯さん。
その頃から、ずっと心に残っていた人。
私が思っていた通り、優しくて。
思っていた以上に気遣いのできる人だった。
そんな佐伯さんと――
せめて、この世界にいる間だけでも。
隣を歩けたら。
そう願ってしまう私は、
やっぱり駄目な女なのだろうか。




