72 試食会②
「魔物肉には瘴気がある。食べられないことくらい、お前たちも知っているだろう?」
半ば呆れたようにゼシカさんが言った。
「冒険者ギルドは、そんな危険な物を流通させることに手を貸さんぞ」
俺は落ち着いて答える。
「では、これらの料理から瘴気を感じますか?」
その言葉に、ゼシカさんは目を見開いた。
改めて塩焼きの魔物肉へ視線を向ける。
「……確かに、瘴気を感じないな」
するとジョージさんたちも料理を見つめながら言った。
「本当ですね。瘴気を感じません」
「本当に魔物肉なんですか?」
俺は思わず口元を緩めた。
「実は俺たち、魔物肉の瘴気を除去する方法を見つけたんです」
雪乃さんとマナも大きく頷く。
ゼシカさんは訝しげな顔で尋ねた。
「どうやってそんなことができるんだ?」
「簡単な方法なんですが、ここだけの話にしてくださいね」
俺は少し声を潜める。
「エルニア教会でいただける聖水を、魔物の死体にかけるだけです」
「……え?」
「聖水を?」
「それだけで?」
「瘴気が消えるのか?」
四人とも驚きを隠せない様子だった。
そこで実演することになった。
ヨーゼフさんに、まだ解体していない魔物の死体を応接室まで運んでもらう。
ヨーゼフさんは面倒そうな顔をしていたが、ゼシカさんたちは興味津々で見守っている。
俺は魔物の死体へ聖水を振りかけた。
すると黒い靄のようなものが立ち上り、やがて霧散する。
こっそり≪分析≫を使う。
肉の素材情報が表示された。
成功だ。
俺はヨーゼフさんへ声をかける。
「ヨーゼフさん、この肉、どうなっていますか?」
ヨーゼフさんは面倒そうに魔物へ触れた。
しかし、その表情が徐々に変わる。
手が震え始めた。
次の瞬間、応接室を飛び出していった。
しばらくして戻ってきた時には、手に解体用のナイフを握っている。
皆が驚いて身構えたが、ヨーゼフさんは脇目も振らず解体を始めた。
そして大声を上げる。
「おいおい! どういうこった!」
「瘴気がまったくねぇぞ!」
「これ、食えるぞ!」
その声に俺たちも驚いたが、それ以上に驚いていたのはゼシカさんたちだった。
「本当か、ヨーゼフ!」
「間違いねぇ!」
ヨーゼフさんは俺を睨みつける。
「おい! お前、何をした!」
「何をして瘴気を消したんだ!」
「こりゃ大発見だぞ!」
興奮のあまり掴みかかろうとしたところを、雪乃さんが素早く制圧した。
「落ち着いてください」
雪乃さんの声に、ヨーゼフさんはようやく動きを止める。
俺は苦笑しながら言った。
「気持ちは分かりますけど、落ち着いてください」
「種明かしは簡単です。聖水をかけただけですよ」
「……それだけか?」
「はい。それだけです」
数秒の沈黙。
そしてヨーゼフさんは豪快に笑い出した。
「ははははは!」
「そうか!」
「エルニア様のご加護で救われる命があるってことだな!」
「ありがとうよ、兄ちゃん!」
そう言われると、なんだか照れ臭くなってしまう。
その後の話し合いは驚くほどスムーズに進んだ。
ギルニス自治区は比較的食糧事情に恵まれているらしい。
しかし、他領では深刻な食糧難に苦しんでいる地域も少なくないという。
この方法が広まれば、多くの命を救えるかもしれない。
まずはゼストの冒険者ギルドで実証と普及を進め、その後街全体へ広げていく方針になった。
俺は念のため補足する。
「ただし、毒を持つ魔物は別です」
「聖水で瘴気を除去しても、毒まで消えるわけではありません」
全員が真剣な表情で頷いた。
次に店舗の話へ移る。
こちらも驚くほど順調だった。
俺たちの希望通り、
一階が店舗、
二階が住居。
そんな建物を紹介してもらえることになった。
しかも市場の一等地だ。
家賃は月銀貨二枚。
聞けば破格の条件らしい。
俺はエリオットさんへ尋ねる。
「本当に、こんな好条件でいいんですか?」
するとエリオットさんは笑顔で答えた。
「もちろんです」
そして少しだけ意味深に続ける。
「ただし――」
「パンの販売時期を少し早めていただけると嬉しいですね」
その言葉に視線を向けると、エリオットさんはゼシカさんを見て微笑んでいた。
ゼシカさんは腕を組みながら大きく頷く。
「その代わり、冒険者ギルド総出で魔物肉流通の普及に協力しよう」
こうして俺たちの出店計画は大きく前進した。
結果として、パンの販売開始予定は三か月後から二か月後へと前倒しされることになったのだった。




