61 商品案
村へ戻ると、俺は早速パン作りに取り掛かった。
まずは窯に火を入れて温めておく。
その間に買ってきた小麦粉、自家製の塩、シロップ、酵母を混ぜ合わせる。
さらに聖水とバターを加えてしっかりこねる。
パン作りで重要なのは発酵だ。
この工程を失敗すると美味しいパンにはならない。
生地がふっくらと膨らんだところでガス抜きをし、形を整えて再び発酵させる。
十分に温まった窯へ生地を入れ、焼き上げる。
しばらくして香ばしい匂いが漂い始めた。
頃合いを見て窯から取り出す。
焼きたてのパンを一つちぎり、口へ運んだ。
――うまい。
思わず顔がほころぶ。
これだ。
これこそ俺の知っているパンだ。
大成功である。
気付くと雪乃とマナが羨ましそうな顔でこちらを見ていた。
「ごめんごめん。失敗してないか先に確認したかったんだ」
「問題なく美味しいよ。二人も食べてみて」
そう勧めると、二人は我先にとパンを手に取った。
そして一口。
「うわっ! 美味しい!」
「これですよ! これがパンです!」
「もう明日からこのパン以外食べられません!」
「いえ、今日からです!」
大絶賛だった。
二人とも満面の笑みを浮かべている。
その様子を見ているだけで嬉しくなる。
俺は笑いながら言った。
「明日は、このパンを使って別のものにも挑戦しようと思うんだ」
「この前作ったヤマブドウのドライフルーツを入れて、レーズンパンを作る」
すると二人が同時に動きを止めた。
「え?」
「レーズンパン?」
嫌な予感がした。
二人の目が完全に輝いている。
数秒の沈黙の後――。
「今から作りましょう」
雪乃が真顔で言った。
「私もそれが良いと思います!」
マナも元気よく手を挙げる。
「いやいや、もう夜だし」
「明日でいいだろ?」
そう言うと雪乃が首を傾げた。
「どうしてですか?」
「いや、どうしてって……」
「材料もありますよね?」
「あるけど」
「窯も温まっています」
「そうだけど」
「私たちも起きています」
完全に逃げ道を塞ぎにきている。
俺が助けを求めるようにマナを見ると、マナは満面の笑みだった。
「私、レーズンパン食べてみたいです!」
その目がキラキラしている。
子犬か。
いや、子犬の方がまだ諦めがいい。
俺は最後の抵抗を試みた。
「でも失敗するかもしれないぞ?」
すると二人は顔を見合わせた後、力強く頷いた。
「失敗しても食べます」
「食べます!」
即答だった。
……駄目だ。
勝てる気がしない。
最近どうもこういう展開が多い。
二対一になると、なぜか俺の意見は通らない。
俺の女性経験の少なさを見抜かれているのか、それとも単純に押しが弱いだけなのか。
どちらにしても結果は同じだ。
俺は大きくため息を吐いた。
「分かったよ」
「作ろう」
「やった!」
「ありがとうございます!」
二人はハイタッチまでして喜んでいる。
いや、そんなに食べたいのか。
そして完成したレーズンパンを三人で同時に味見した。
一口食べた瞬間――
「これは……!」
「さっきのパンも美味しかったですけど、これは別格です!」
「甘いものに飢えてるのもあるんでしょうけど……それを差し引いても凄いです!」
三人とも感動していた。
気付けば夕食そっちのけでパンばかり食べている。
その日の夕食は、ほとんどパンで終わってしまった。
後片付けをしながら、俺は前から考えていたことを話す。
「実はさ」
「冒険者として稼ぎながら、商売もやりたいと思ってるんだ」
二人が手を止めてこちらを見る。
「まずはドライフルーツの販売から始めようと思う」
「この世界って甘味が少ないみたいだし、需要はあると思うんだよね」
「どうかな?」
するとマナは即答した。
「絶対流行ります!」
だが雪乃は少し違う視点だった。
「流行るとは思いますけど……」
「すぐ真似されそうですね」
「この世界って特許みたいな制度はあるんでしょうか?」
俺も頷く。
「そこが気になってるんだ」
「だから商業ギルドにも行ってみたいと思ってる」
雪乃も納得したようだった。
「なるほど」
「そういえば商業ギルドらしき建物は見かけませんでしたね」
「俺も探してはいたんだけどね」
「今度ユリウスさんたちに聞いてみようか」
そういう話になった。
そして俺は続ける。
「ドライフルーツが軌道に乗ったら、次はパン」
「その次はレーズンパンかな」
すると二人の目が輝いた。
「このパンなら絶対流行ります!」
「しかも簡単には真似できません!」
「これが本命ですか!」
「私、店員やります!」
「私も!」
二人とも完全に乗り気である。
俺は苦笑しながら頭を下げた。
「どこまで上手くいくか分からないけど」
「将来的には色々やってみたいと思ってる」
「その時はよろしくお願いします」
すると二人も真面目な顔で頭を下げた。
「こちらこそ、よろしくお願いします」
「お願いします!」
そして顔を上げた瞬間――
三人とも吹き出した。
顔を見合わせて大笑いする。
異世界に召喚された時は、未来なんて見えなかった。
けれど今は違う。
もしかすると――。
近い未来は、思っているより明るいのかもしれない。




