54 ゼストの街
「入市手続き」のため、俺たちはゼストの街の門に並んでいた。
先に冒険者ギルドへ行って登録を済ませる。
その後で素材を売却し、資金を確保してから街を見て回る。
そんな予定を頭の中で整理していると、隣を歩く雪乃さんが小声で言った。
「これから佐伯さんのことは、私は『あなた』か『主人』と呼びます」
「佐伯さんは私を『ユキノ』か『妻』、もしくは『女房』と呼んでください」
「茉奈ちゃんは『マナ』です」
「本人にも了解は取っています」
唐突な宣言だった。
俺は思わず、
「えっ!?」
と大きな声を出してしまう。
周囲の視線が一斉にこちらへ向いた。
慌てて声を潜める。
「いきなり、とんでもないこと言わないでください」
「そんなの無理ですよ……」
すると雪乃さんは真顔で言った。
「私たちは夫婦で、マナは娘です」
有無を言わせない口調だった。
反論しようとしたところで、今度は茉奈ちゃんが笑顔で口を開く。
「これからのことも考えて、ゼストで練習しておきましょうね」
「お父さん、お母さん」
俺は固まった。
一方で雪乃さんは顔を真っ赤にしている。
やっぱり俺と夫婦扱いされるのは恥ずかしいんだろうか。
申し訳ない気持ちになりながらも、村へ戻ったらもう一度話し合おうと心に誓った。
そんなことを考えているうちに、順番が回ってきた。
門番らしい若い兵士が声をかけてくる。
「氏名、犯罪歴、入市目的をお願いします」
俺は事前に決めた設定通り答えた。
「私はカズキ・サイキ」
「こちらは妻のユキノ」
「娘のマナです」
「犯罪歴は全員ありません」
「定住先を探して旅をしており、物資調達のために立ち寄りました」
兵士は頷く。
「入市税はお一人につき銅貨二十枚です」
三人分、銅貨六十枚を支払う。
無事に入市許可が下りた。
こうして俺たちはゼストの街へ足を踏み入れる。
街中は思った以上に賑やかだった。
人通りも多く、露店も並んでいる。
俺たちは人に道を尋ねながら冒険者ギルドへ向かった。
やがて大きな建物が見えてくる。
多くの冒険者が出入りしており、活気に満ちていた。
「ここか」
俺たちは中へ入る。
受付の女性が笑顔で迎えてくれた。
「本日はどのようなご用件でしょうか?」
俺は答える。
「冒険者登録をお願いします」
「私と妻は本登録で、娘は見習い登録を希望します」
手続きは驚くほどスムーズだった。
途中で登録書類への記入を求められたが、問題なく読めたし、こちらの文字で書くこともできた。
改めて不思議に思う。
なぜ俺たちは、この世界の文字を読み書きできるのだろうか。
だが今は考えても仕方がない。
俺は何事もない顔で書類を提出した。
最後に簡単な説明を受ける。
冒険者ランクは下から、
鉄級、銅級、銀級、金級、白銀級。
依頼達成や実績によって昇格していくらしい。
依頼は受付相談や掲示板から受注でき、素材の買い取りもギルドが一括で行っているとのことだった。
説明の途中で受付嬢が小さく肩をすくめる。
「昔は商人との直接取引も認められていたんですが、色々問題がありましてね」
少し気になる話だった。
だが今は資金作りが先だ。
俺は話題を切り替える。
「早速なんですが、旅の途中で集めた素材を売却したいんです」
「あ、でしたらこちらへどうぞ」
受付嬢は立ち上がり、俺たちを右側の大きなカウンターへ案内した。
そして奥へ向かって声を張る。
「ヨーゼフさん! 買い取りのお客さんですよ!」
しばらくすると奥の扉が開いた。
現れたのは六十歳を優に超えているだろう老人だった。
だが、その身体つきは異様だった。
太い腕。
分厚い胸板。
まるで鍛え上げられた戦士のような体格。
その大男は鋭い視線で俺たちを見回すと、
「ほう……」
と低い声を漏らした。




