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39 セル村の宿にて⑤

ヨシュアたちの部屋の前で、雪乃は静かに耳を澄ませた。


≪気配遮断≫を使っているため、自分の存在が気づかれることはないだろう。


室内から聞こえてくるのは四人分の声だった。


男が三人、女が一人。


男のうち二人は知っている。


ヨシュアとトーマスだ。


残る男女の声には聞き覚えがなかった。


しばらくすると、ヨシュアの声が聞こえてくる。


「それでトーマス君。例の件は順調に進んでいるのだろうね?」


その言葉に、トーマスが下卑た笑い声を漏らした。


「はい、もちろんです、ヨシュア隊長」


「あの運搬屋のガキへの嫌がらせは始めています」


雪乃は思わず息を呑む。


やはり茉奈を狙っていた。


しかも偶然ではない。


計画的だったのだ。


トーマスは得意げに続ける。


「あのガキ、抱きついたら震えてましたよ」


「斥候の女に邪魔されましたけどね。でも恐怖はしっかり植え付けられたと思います」


怒りが込み上げる。


あのとき感じた嫌な予感は間違っていなかった。


するとヨシュアが笑いながら言った。


「あの子供は追放しろと辺境伯様からの命令だからな」


「使えないガキの無駄飯食らいはいらないそうだ」


「私としては何か使い道があると思うんだがな。奴隷商に売るとか」


その言葉に室内から笑い声が上がる。


雪乃は拳を握り締めた。


茉奈を人として見ていない。


まるで物のように扱っている。


トーマスが猫なで声で尋ねる。


「それでですね、隊長」


「あのガキを追い出した後は、俺が好きにしていいんですよね?」


ヨシュアは呆れたような声を出した。


「まったく、トーマス君の幼児趣味にも困ったものだ」


「今まで何人、似たような子供を与えてやったと思っているんだい?」


「私はそんな趣味はないからね。好きにするといい」


再び笑い声が上がる。


雪乃は奥歯を強く噛み締めた。


辺境伯の命令。


ヨシュアの指示。


そしてトーマスの実行。


茉奈への嫌がらせは全て計画の一部だったのだ。


目的は追放。


そして追放された茉奈を、トーマスが好き勝手にする。


怒りで身体が震えそうになる。


だが今は感情を抑えなければならない。


ここで気づかれるわけにはいかない。


その時、聞き覚えのない女の声が割って入った。


「そういう下品な話は二人だけの時にしてちょうだい」


「私たちは現状確認に来たのよ」


「報告を続けなさい」


その言葉にヨシュアの声色が変わる。


「これは失礼いたしました、タリス子爵夫人」


「先ほどの話の続きになりますが、運搬屋追放任務は着実に進んでおります」


「追放後の身柄はトーマスが引き受ける予定です」


するとトーマスが補足する。


「引き受けた後の保管場所も準備済みです」


「ギルセニアから少し離れた民家に監禁する手筈となっています」


「人通りもなく、領民との接触も困難な場所です」


すると別の男の声がした。


落ち着いた、威圧感のある声だった。


「つまり、その運搬屋から異世界人召喚の情報が漏れる心配はないということだな?」


ヨシュアが即座に答える。


「左様でございます、タリス子爵様」


タリス子爵は満足そうに鼻を鳴らした。


「他の者たちの状況はどうだ?」


「商人はどうなっている?」


ヨシュアが少し困ったような口調になる。


「商人については予想以上に信望を集めておりまして、対応に手を焼いております」


「しかし運搬屋を娘のように可愛がっている節があります」


「運搬屋追放後、話の持っていき方次第では、自ら別行動を取る可能性が高いかと」


佐伯のことだ。


雪乃は息を潜めながら聞き続ける。


タリス子爵は不満そうに言った。


「ずいぶん消極的な作戦だな」


ヨシュアは慌てる様子もなく答える。


「現在は運搬屋追放任務の最終段階でございます」


「商人への対応については、今しばらく猶予をいただきたく存じます」


少しの沈黙。


やがてタリス子爵が口を開いた。


「まあよい」


「商人など所詮は金の亡者だ」


「あいつらに泣かされた貴族がどれほどいることか」


「剣も振れず、戦もできず、そのくせ金勘定だけは人一倍早い」


「貴族に巣食う害虫と同じよ」


「ああいう連中は少ない方がよい。我々が選別してやればよいのだ」


雪乃は思わず眉をひそめる。


商人という職業そのものを憎んでいるような口ぶりだった。


何か過去に因縁でもあるのだろうか。


そんな疑問が頭をよぎる。


やがてヨシュアが話を締めくくった。


「他の者たちは順調に成長しております」


「先々の戦においても十分有用かと存じます」


その後は雑談が少し続き、やがて会話が途切れた。


報告は終わったようだ。


雪乃は静かにその場を離れる。


得られた情報は想像以上に重かった。


茉奈は最初から排除対象。


佐伯もまた監視対象。


そして異世界人召喚の事実を隠すために、彼らは平然と人を消そうとしている。


胸の奥に怒りが燃え上がる。


だが今は怒っている場合ではない。


一刻も早く佐伯に伝えなければ。


雪乃は足早に部屋へと戻っていった。


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