31 この国は・・・
朝を迎えたが、ひどく疲労感が残っていた。
地面の上で眠ったうえに、夜中には突然の戦闘だ。
戦いには少しずつ慣れてきたとはいえ、警戒心のせいか深く眠れた気がしない。
これで疲れが残らない方がおかしいだろう。
そう思いながら身支度を整える。
朝食は相変わらず固いパンだけだった。
喉を傷つけそうなほど硬いが、食べなければ体がもたない。
水で流し込みながら無理やり胃へ押し込む。
どうやらそれは俺たちだけではないらしい。
ヨシュアをはじめとした騎士たちも同じものを食べていた。
むしろ彼らの方が疲れているように見える。
昨夜の戦闘ではほとんど手を出していなかったはずだが、なぜだろうか。
そんなことを考えていると、準備を終えた雪乃さんと茉奈が近づいてきた。
「おはようございます」
雪乃さんが挨拶し、茉奈が嬉しそうに続ける。
「昨日の夜、真紀さんに生活魔法のことを教えてもらったんです」
「イメージが大事だって聞いて、色々思い浮かべながら試していたら――」
そう言うと、茉奈は指先を前に出した。
次の瞬間、小さな炎が灯る。
ライターの火のような控えめな炎だった。
「私も火が出せるようになりました!」
思わず目を丸くする。
昨日まで魔法なんて使えなかったはずだ。
だが、それ以上に嬉しそうな茉奈の顔を見て自然と笑みが浮かんだ。
「やったじゃないか」
「これで茉奈ちゃんも立派な魔法使いだな」
茉奈は照れ臭そうに笑った。
その様子を見ていた雪乃さんが、ふと思い出したように尋ねてくる。
「そういえば神代君、急に強くなりましたよね」
「昨晩、何かあったんですか?」
俺は昨夜の火の番での出来事を話した。
神代君との会話。
そして《鑑定》で彼の情報を見たこと。
話を聞き終えた雪乃さんは納得したように頷く。
「なるほど」
「彼らも彼らなりに必死なんですね」
「確かに、自分の能力を把握できれば、進むべき方向も見えてきますから」
そして少し考えた後、続けた。
「では、他の子たちの《鑑定》はいつ行う予定ですか?」
「まだ決めてないよ」
「たぶん向こうから話を持ちかけてくると思うけどね」
そう答えると、今度は茉奈が手を挙げた。
「あの、私も改めて《鑑定》してほしいです」
「自分のことなんですけど……何だか色々変わった気がするので」
昨夜の魔法習得もある。
確かに確認する価値はありそうだ。
「分かった」
「今夜、宿に着いたら改めて見てみよう」
茉奈は嬉しそうに頷いた。
やがて出発の時間となり、俺たちは再びセル村へ向けて歩き始める。
道中、俺は近くを歩いていた騎士へ声をかけた。
「以前話していたアルベール領やエドワード領ですが、この辺りではどの方向になるんですか?」
騎士は少し考えた後、指で方角を示した。
「アルベール領は東だ」
「エドワード領は北」
「レイモンド領は西になる」
なるほど、と頷く。
すると騎士はさらに続けた。
「そして南にはアズールの森が広がっている」
「そのさらに先にはアズール山脈だ」
「かなり険しい山脈でな。越えるには相当な準備と覚悟が必要になる」
アズール山脈。
初めて聞く地名だった。
「その山脈を越えると?」
俺が尋ねると、騎士は少し笑った。
「ガイル帝国だよ」
「もっとも安心しな」
「アズール山脈を越えてまで、ガイル帝国がこのユーク王国へ攻め込んでくることはない」
そう言った後、騎士は周囲を確認するように視線を巡らせる。
そして少し声を潜めた。
「ガイル帝国みたいな大国がな」
「危険を冒してまで、こんな貧乏小国に攻め込むメリットなんてないからさ」
自嘲気味に笑う。
俺も曖昧に笑い返した。
だが内心では別のことを考えていた。
急に情報が増えたな。
この国はユーク王国というらしい。
北には滅ぼされたエドワード領。
東にはアルベール領。
西にはレイモンド領。
南にはアズールの森とアズール山脈。
そしてその向こうにはガイル帝国。
少しずつだが、この世界の地図が頭の中で形になり始めていた。




