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15 少女の不安

佐伯さんと別れた後、私は自室へ向かった。


正直なところ、安堵していた。


この状況に違和感を抱いているのが自分だけではなかったからだ。


しかも相手は佐伯一樹。


以前の職場で何度も見てきた人だった。


冷静に状況を分析し、感情ではなく事実を積み上げて判断する。


現場が混乱すれば、まず情報を集める。


誰かが暴走しそうになれば、それとなく軌道修正する。


そんな姿を何度も見てきた。


まさか異世界で再会することになるとは思わなかったが。


そんなことを考えながら部屋へ戻る。


扉を開くと、室内は暗かった。


茉奈さんはもう寝てしまったのだろうか。


視線を向けると、ベッドの上で小さな身体が丸くなっている。


頭まですっぽり布団を被っていた。


そして――。


布団越しにも分かる。


小刻みに震えていた。


私は静かに声をかける。


「茉奈さん、もう寝た?」


しばらくして、小さな声が返ってきた。


「……いえ」


震えた声だった。


「まだ起きています」


私はベッドへ近付く。


「少し話せるかな?」


返事はすぐには返ってこなかった。


だが数秒後、


「はい」


と小さな声が聞こえた。


やがて布団がゆっくり下ろされる。


その顔を見て胸が痛んだ。


頬には涙の跡が残っていた。


泣いていたのだろう。


それから私は茉奈さんと話をした。


佐伯さんと交わした会話。


私たちが感じている違和感。


そして――。


佐伯さんが彼女を心配していることも。


それを聞いた瞬間だった。


茉奈さんの目が大きく見開かれる。


次の瞬間、ぽろぽろと涙が零れ落ちた。


「分かっているんです……」


震える声だった。


「私、この世界の人たちに嫌われていることも……」


「期待されていないことも……」


「自分で何とかしなきゃいけないことも……」


涙が止まらない。


「戦わなきゃいけないことも……」


小さな拳を握り締める。


「全部、分かっているんです」


そして顔を伏せた。


「でも……怖いです……」


十一歳の少女が背負うには重すぎる現実だった。


私は静かに言った。


「厳しいことを言うね」


茉奈さんが顔を上げる。


「たぶん、この世界では戦わないと生き残れない」


「それは事実だと思う」


彼女の肩が小さく震えた。


私は続ける。


「でも」


少しだけ微笑む。


「あなたが望むなら」


「私も佐伯さんも、あなたの力になるつもりよ」


その言葉を聞いた瞬間だった。


茉奈さんは再び涙を流した。


「お願いしても……いいんでしょうか……」


私は優しく彼女を抱き寄せる。


「もちろんよ」


小さな身体は驚くほど震えていた。


どれだけ不安だったのだろう。


どれだけ怖かったのだろう。


しばらくして。


ようやく茉奈さんが落ち着きを取り戻した頃。


話題は自然とスキルの話になった。


「私は《気配察知》と《気配遮断》っていうスキルがあるみたい」


そう説明すると、


「二つもあるんですね」


と茉奈さんは驚いた顔をした。


「茉奈さんは?」


そう尋ねると、少し迷った後で答える。


「《次元収納》です」


次の瞬間。


彼女の前の空間が揺らいだ。


黒い亀裂のようなものが現れる。


まるで空間そのものが割れたようだった。


その中へ手を入れる。


そして取り出したのは――。


夕食で出された固いパンだった。


「なるほど」


私は思わず感心する。


どうやら亀裂の向こう側に物を保管できるらしい。


なかなか便利な能力だ。


私は少し意地悪な笑みを浮かべる。


「そのパン、どうしたの?」


すると茉奈さんは露骨に視線を逸らした。


「えっと……」


「食べ物が無くなったら困るかなって……」


思わず笑いそうになる。


「他には?」


「お水と……」


少し間を置く。


「パンが何個か……」


どうやら夕食で余ったものを確保していたらしい。


私は内心で感心した。


この子はただ怯えているだけのお嬢様ではない。


怖がりながらも。


不安を抱えながらも。


生き残るために考えている。


その強かさがあった。


だから私は笑う。


「それなら安心ね」


その夜。


茉奈さんは一人で眠ることを怖がった。


結局、私たちは同じベッドで休むことになった。


異世界で迎える最初の夜は、静かに更けていった。


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