119 ゼストへの道
朝食も終わりかけた頃だった。
突然、廊下の向こうからドタドタと慌ただしい足音が響いてきた。
次の瞬間――
勢いよく扉が開く。
「太陽! すまん! 寝過ごした!」
「若葉は無事か!?」
神代君が転がるように居間へ飛び込んできた。
俺たちは思わず目を丸くする。
神代君はそこで初めて周囲を見回した。
テーブルを囲む俺たち。
普通に朝食を食べている若葉さん。
ぽかんとした表情でこちらを見ている太陽君。
数秒の沈黙。
そして神代君は頭を掻いた。
「……おはようございます」
顔を真っ赤にして挨拶する。
どうやら完全に寝ぼけていたらしい。
若葉さんを見ると、小さく笑っていた。
昨日までの彼女なら見られなかった反応だ。
漣が肩を叩く。
「とりあえず座れ」
「はい……」
神代君は大人しく席へ座った。
俺は残しておいた朝食を神代君の前へ並べる。
白米。
味噌汁。
漬物。
だし巻き卵。
神代君は目を瞬かせた。
「えっ?」
「何これ?」
俺は笑う。
「朝食だよ」
「ごはんと味噌汁と漬物」
「それと、だし巻き卵」
「さ、食べて」
神代君は漣を見る。
漣が笑いながら頷く。
その瞬間だった。
神代君は箸を手に取り、凄まじい勢いで食べ始めた。
「味噌汁なんて久しぶりだ……」
「漬物もある!」
「だし巻き卵うめぇ!」
「これこれ!」
「ごはん最高だよ!」
食べるたびに感想を口にする。
まるで感情が追いついていないようだった。
見ているこっちまで嬉しくなる。
俺は思わず笑ってしまう。
「おかわりあるからな」
「ごはん、おかわりするか?」
神代君は即答した。
「はい!」
「できれば味噌汁も!」
俺はごはんと味噌汁をよそう。
神代君は頭を下げて受け取ると、再び夢中で食べ始めた。
結局――
ごはんを四回おかわりした。
食べ終わった頃には、ようやく満足そうな顔になっていた。
「ごちそうさまでした」
その表情を見て、俺も少し安心する。
神代君も太陽君も、ずっとまともな食事を取れていなかったのだろう。
身体だけではなく、心も飢えていたのかもしれない。
朝食が終わると、雪乃、真紀、茉奈の三人が食器を片付け始めた。
すると若葉さんも立ち上がる。
「私も手伝います」
昨日よりも声がしっかりしている。
雪乃たちも嬉しそうに頷いた。
その様子を見た神代君と太陽君は、少しだけ目を潤ませていた。
若葉さんが自分から動こうとしている。
それが嬉しかったのだろう。
俺は二人の気持ちがよく分かった。
しばらくして俺は皆へ声をかけた。
「少し聞いてほしいんだけど」
全員がこちらを見る。
「今日、俺と雪乃は自治区長とギルド長へ調査結果の報告をしに冒険者ギルドへ行く」
「ついでにスイーツショップとレストランの様子も見てくる予定だ」
皆が頷く。
「真紀と茉奈は若葉さんと一緒にこっちにいてほしい」
「身体を動かせそうなら少し散歩するのもいい」
「お菓子のことを相談したり、試作品を作ったりするのもいいかもな」
「ここは俺たちの村だから、自由に過ごしてくれて構わない」
そこで若葉さんが首を傾げた。
「俺たちの村……ですか?」
真紀が説明する。
「そのままの意味よ」
「私たちに所有権がある村」
若葉さんは目を丸くした。
真紀は続ける。
「前にゴブリンの大群が攻めてきたことがあってね」
「その時、佐伯さんを中心に私たちが活躍したの」
「その功績で自治区長がこの村を譲ってくれたのよ」
すると漣が胸を張った。
「ちなみに俺たちのパーティは名誉副自治区長なんだぜ」
俺は苦笑する。
「ゴブリンキング討伐の英雄が漣だからな」
その瞬間。
神代君たち三人の視線が一斉に漣へ向いた。
漣は耳まで真っ赤になる。
「やめろって……」
その反応に皆が笑った。
ひとしきり笑った後、俺は話を戻す。
「神代君と太陽君のどちらかには申し訳ないが同行してもらう」
「当事者がいた方が説明しやすいからな」
「同行しない方は漣と一緒に魔物狩りを頼む」
「素材集めは常にしておきたい」
相談の結果、神代君が同行し、太陽君が漣と魔物狩りへ行くことになった。
それぞれ準備を済ませる。
そして俺と雪乃、神代君の三人でゼストへ向かった。
途中、ジャック武具店へ立ち寄る。
神代君の装備を買い替えるためだ。
雪乃が神代君の胸当てを指差した。
「その紋章なんだけど」
「辺境伯の紋章なのよ」
神代君が視線を落とす。
雪乃は続けた。
「自治区では、その紋章が付いているだけで敵対者と見なされる可能性があるわ」
「それだけ辺境伯は恨みを買っているってことなんだけどね」
神代君は困ったように笑った。
「言いたいことは分かります」
「でも俺、お金ないですよ」
俺は肩をすくめる。
「再会記念のプレゼントだ」
「遠慮なく受け取ってくれ」
「もちろん太陽君と若葉さんにも後で贈るつもりだよ」
神代君は目を見開いた。
「そこまでしてもらっていいんですか?」
申し訳なさそうな声だった。
俺は笑う。
「仲間だろ?」
「気にするなよ」
神代君の目に涙が浮かぶ。
俺は肩に手を置いた。
「もう頭を下げるな」
「俺たちは仲間だ」
「苦しい時は助け合う」
「辛い時は支え合う」
「そして笑いながら前に進む」
「それでいいんだよ」
神代君は涙を拭った。
「……はい」
小さな返事だった。
だが、その表情は昨日よりずっと明るかった。
そうこうしているうちにゼストへ到着した。
街へ入った瞬間。
神代君が足を止める。
露店の呼び声。
行き交う人々。
笑い声。
荷馬車。
買い物客。
活気に満ちた街並み。
神代君は呆然と見渡していた。
そして小さく呟く。
「こっちの世界で……」
「こんなに活気がある場所、初めて見た……」
その言葉を聞いた瞬間。
胸が締め付けられるような気持ちになった。
彼らは一体どんな環境で生きてきたのだろう。
どれだけ理不尽な日々を過ごしてきたのだろう。
せめて――
俺たちと一緒にいる間だけは。
笑っていてほしい。
そう願わずにはいられなかった。




