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118 朝食

翌朝。


目を覚ますと、雪乃はすでに起きていた。


鏡の前に座り、静かに髪を梳かしている。


朝の柔らかな光に照らされた後ろ姿が妙に愛おしくて、俺はそっと後ろから抱きしめた。


雪乃の肩がぴくりと震える。


「ごめん、起こしちゃった?」


申し訳なさそうに振り返る雪乃に、俺は首を振った。


「ううん。ぐっすり眠れたよ」


そう答えると、雪乃はほっとしたように微笑んだ。


本当はもう少しこうしていたかったが、朝食の準備がある。


名残惜しさを感じながらも部屋を出た。


台所へ向かうと、すでに茉奈が起きていた。


桶の中で丁寧に米を研いでいる。


「おはよう、茉奈」


「おはようございます!」


元気な返事が返ってくる。


俺は出汁の準備を始めた。


しばらくすると雪乃も降りてくる。


「おはよう、茉奈」


「おはよう、雪乃さん!」


挨拶を交わした後、雪乃は器を並べ、だし巻き卵の準備を始めた。


炊飯。


味噌汁。


だし巻き卵。


慣れた手順で朝食を作っていく。


やがて真紀と若葉さんも起きてきた。


「おはようございます!」


「おはようございます……」


真紀は朝から元気だ。


若葉さんはまだ声こそ小さいものの、昨日より顔色がずっと良くなっている。


少し安心した。


「おはよう、真紀、若葉さん」


二人が席につく。


若葉さんはどこか落ち着かない様子で周囲を見回していた。


そんな彼女に雪乃が優しく声をかける。


「もう少しで準備ができるから、少し待っててね」


「はい」


小さな声だったが、ちゃんと返事が返ってきた。


その様子を見た茉奈が、ふと思い出したように話しかける。


「若葉お姉ちゃん、昨日、太陽お兄ちゃんに聞いたんだけど、お菓子作りが趣味なの?」


若葉さんは少し驚いたように目を瞬かせた。


そして小さく微笑む。


「そうね」


「元の世界にいた頃は、よく作っていたわ」


そう答えた後、一瞬だけ表情が曇った。


きっと楽しかった頃の記憶を思い出したのだろう。


だが茉奈は気にせず続ける。


「じゃあさ、今度私とお菓子作りしない?」


「私ね、スイーツショップの店長やってるんだけど、新しいアイデアが欲しくてさ」


若葉さんは目を丸くした。


「スイーツショップ?」


すると真紀が笑いながら説明する。


「佐伯さんと雪乃さんと茉奈の三人で、スイーツショップとレストランを経営してるんだよ」


「その中でも茉奈の作るプリンとクッキーは有名でね」


「『奇跡の菓子』って呼ばれてるんだ」


若葉さんの目がさらに大きくなる。


「奇跡の菓子?」


「今、領都でも話題になっていたのよ」


「どんなお菓子なんだろうって」


「プリンとクッキーだったの?」


「えっ、そんなものが作れるの?」


さっきまでの弱々しい声が嘘のようだった。


興味が勝ったらしい。


雪乃が微笑む。


「本当は朝食前だから行儀が悪いんだけど……少しだけね」


そう言って茉奈特製のプリンとクッキーを若葉さんの前へ置いた。


若葉さんは恐る恐るクッキーを一枚口に運ぶ。


次にプリンを一口。


その瞬間、目を見開いた。


「え……」


しばらく固まる。


そして震える声で言った。


「こんなクオリティのお菓子を、この世界でどうやって……」


「信じられない……」


「これは本当に奇跡の菓子だわ」


目尻に涙が浮かぶ。


だが昨日の涙とは違う。


嬉しさと驚きが混じった涙だった。


真紀が笑う。


「やっぱりそうなるよね」


「私も初めて食べた時は感動したもん」


茉奈は照れ臭そうに頭を掻く。


「へへへ」


俺は若葉さんに声をかけた。


「若葉さん」


「茉奈からの誘い、受けてくれるかな?」


若葉さんは迷うことなく頷いた。


「こちらこそお願いしたいです」


「茉奈ちゃん、よろしくお願いね」


「よろしくお願いします!」


茉奈も嬉しそうに頭を下げる。


その笑顔につられるように、若葉さんも少しだけ笑った。


昨日までの彼女なら見せなかった笑顔だった。


そんな様子を見ていると、漣と太陽君も起きてきた。


だが神代君だけは姿を見せない。


昨日までの状況を考えれば無理もない。


心も身体も限界まで酷使されていたのだ。


今は眠れるだけ眠らせてやるべきだろう。


そう思っていると――


ぐうううう。


太陽君のお腹が盛大に鳴った。


一瞬の沈黙。


そして全員が吹き出した。


「ご、ごめんなさい……」


太陽君が耳まで真っ赤になる。


そのおかげで重かった空気が一気に和んだ。


ちょうどその頃、炊き上がった米の香りが広がる。


「よし、朝飯にしよう」


そう言って料理を並べる。


白米。


味噌汁。


漬物。


だし巻き卵。


まさに日本の朝食だった。


太陽君が目を輝かせる。


「うわっ!」


「昨日聞いた通りの日本の朝定食だ!」


若葉さんも驚いた顔で味噌汁を見る。


「え……これ、もしかして味噌汁ですか?」


雪乃が頷いた。


「そうよ」


「自家製味噌の味噌汁」


「そこの漬物も自家製よ」


太陽君が漬物を口に運ぶ。


若葉さんも続く。


しばらく沈黙。


そして二人は同時に呟いた。


「漬物なんて、もう二度と食べられないと思ってた……」


「私も……」


涙ぐみながら食べている。


俺は苦笑しながら言った。


「おかわりはたくさんあるから、ゆっくり食べてくれよ」


二人は顔を上げる。


「はい!」


今度は本当に元気な返事だった。


若葉さんの表情も、昨日よりずっと柔らかくなっている。


少しずつでいい。


焦る必要はない。


こうして笑える時間を積み重ねていけばいい。


そう思いながら、俺は味噌汁を口に運んだ。


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