113 エドワードに急ぐ中
俺たちはギルセニアを後にし、さらに北へ向かって進んでいた。
その途中で、一日だけ休暇日を設けることにした。
茉奈は廃村に残り、お菓子作りをするらしい。
どうやらゼシカさんの悲しそうな顔が忘れられないらしく、クッキーやプリンを作ってプレゼントするのだという。
「ゼシカさん、すごく残念そうだったから……」
そう言いながら張り切って準備していた。
漣と真紀は久しぶりにゆっくりしたいと言い、二人で廃村を散策することにしたらしい。
その様子を見ながら、俺は雪乃さんに小声で呟く。
「この二人、本当に仲が良いよな」
すると雪乃さんは、少しだけ笑って答えた。
「お付き合いしているらしいですよ」
「真紀が教えてくれました」
俺は思わず足を止めた。
「えっ?」
「全然分かりませんでした」
本気で驚いていると、雪乃さんはいたずらっぽく微笑む。
「佐伯さんは、そうでしょうね」
どういう意味だろう。
聞き返そうと思ったが、雪乃さんは楽しそうに笑うだけだった。
結局その意味は分からないままだった。
俺と雪乃さんは久しぶりにレストランへ向かった。
開店から数日しか経っていないというのに、店の前には長蛇の列ができている。
むしろ開店初日より客が増えているように見えた。
店内に入ると、経理担当のアーノルドさんが笑顔で迎えてくれる。
「近頃は他の村や街からもお客様が来られるんですよ」
「おかげさまで毎日大盛況です」
嬉しそうな表情だった。
どうやら評判がギルニス自治区全体へ広がっているらしい。
それを聞いて俺も嬉しくなる。
一番人気のメニューは予想どおりカレーだった。
やはりあの味は強い。
俺は《等価召喚》でカレールーを補充しながら、各種仕入れの状況を確認する。
パン。
精肉。
加工品。
どれも問題なく納品されているとのことだった。
しかも取引先は人員を増やし、こちらの注文に対応してくれているらしい。
ありがたい話だった。
さらに自治区長も時々来店しているらしい。
来るたびに、
「困ったことはないか?」
と声をかけてくれるのだという。
本当に良くしてもらっている。
俺は改めて、この街に来て良かったと思った。
翌日。
出発前に冒険者ギルドへ立ち寄った。
残念ながらゼシカさんは不在だった。
そこで茉奈が作った大量のクッキーとプリンを、エリーナさんへ預けることにする。
エリーナさんが羨ましそうに見ていると、茉奈がこっそり別の包みを差し出した。
「これ、試作品です」
「エリーナさんだけですよ?」
そう言いながら渡したのは、見た目の違うプリンと焼き菓子だった。
「今度、感想を聞かせてください」
エリーナさんの目が一気に輝く。
「ありがとうございます!」
「大事にいただきます!」
何度も頭を下げていた。
ギルドを出た後、俺は茉奈へ尋ねる。
「最後に渡してたやつ、何だったんだ?」
すると茉奈は胸を張った。
「プリンは配合を変えた新作です」
「もっと滑らかになるよう工夫してみました」
「もう一つはマドレーヌです」
「昔、おばあちゃんと作ったことを思い出して」
それを聞いた漣と真紀が即座に反応する。
「あのプリンはヤバいぞ!」
「飲むプリンだった!」
「マドレーヌも絶品だったわ!」
「茉奈、スイーツ職人の才能あるんじゃない?」
二人が大騒ぎしている。
すると雪乃さんが静かに口を開いた。
「私、食べてないんだけど」
その声に茉奈の肩がぴくりと震える。
ゆっくりと目を逸らした。
「その……」
「次は雪乃さんに一番最初に試食お願いするから……」
雪乃さんは深いため息をつく。
「次だけじゃなくて」
「次からずっと、だよ?」
そう言いながら茉奈を抱きしめた。
茉奈も嬉しそうに笑う。
見ていて微笑ましかった。
本当に茉奈はお菓子作りの才能があるかもしれない。
将来はパティシエだろうか。
そんなことを考えながら、俺たちは再び《テレポート》で旅へ戻った。
さらに北へ進む。
途中、雪乃さんが何度か村や街の存在を知らせてくれた。
だが相談の結果、立ち寄らないことにした。
ギルモア領の現状はすでに十分見ている。
活気のない街。
疲弊した住民。
配給頼りの生活。
どこも似たような状況だろう。
それよりも今はエドワード領へ向かうことが優先だった。
寄り道している場合ではない。
そうして歩いていた時だった。
突然。
「か、カズキさん!」
誰かが呼んだ気がした。
だが俺は気にせず歩く。
すると再び声が聞こえた。
「か、カズキさん!」
そこでようやく足を止める。
カズキ?
俺、一樹だったよな?
そう思いながら振り返ると――。
真っ赤な顔をした雪乃さんが立っていた。
俺を見つめている。
「どうしたんですか?」
首を傾げると、真紀が呆れたように言った。
「鈍感すぎるでしょ、佐伯さん」
「雪乃さん、勇気を出して初めて下の名前で呼んだんだよ?」
そこでようやく理解した。
俺は目を丸くする。
雪乃さんは顔を真っ赤にしたまま俯いていた。
「少し早かったですか?」
「真紀が、付き合っているのに他人行儀すぎるって言うものですから……」
声がどんどん小さくなっていく。
俺は自然と笑みがこぼれた。
「そんなことありません」
「すごく嬉しいです」
そう言ってから、少し照れながら続ける。
「雪乃」
「勇気を出してくれて、ありがとう」
その瞬間。
雪乃さんの顔はさらに真っ赤になった。
後ろから真紀の声が聞こえる。
「中学生か」
漣も笑っている。
茉奈に至っては、なぜか自分まで顔を赤くしながら俺と雪乃さんを交互に見ていた。
俺は少し照れ臭くなりながらも思う。
異世界に来てから、本当に色々なことがあった。
辛いこともあった。
苦しいこともあった。
それでも――。
俺と雪乃さんの距離は、確実に近付いている。
それが、どうしようもなく嬉しかった。




