100 (閑話)エドワード領の勇樹たち
佐伯たちがゼスト防衛戦で奮闘している頃――。
勇樹たちは旧エドワード領へ入っていた。
現在いるのはニーズの街。
もっとも、街とは名ばかりだ。
住民はほとんどおらず、ギルモア軍の兵士たちが陣を構えているだけの軍事拠点となっていた。
ここへ来た時から最悪だった。
軍団長と呼ばれる男がいたのだが、それが酷かった。
威張るだけで前線には出ない。
兵士たちへ命令するだけで、自分は安全な場所にいる。
そのくせ勇樹たちまで顎で使おうとしてきた。
当然、勇樹たちは従わなかった。
適当に受け流していたのだが、それが気に入らなかったのだろう。
男は若葉に目を付けた。
そして事件が起きた。
若葉が突然姿を消したのだ。
最初はどこかへ行ったのかと思った。
だが探しても見つからない。
すると兵士の一人が怯えた様子で口を滑らせた。
軍団長が若葉を連れて行った――と。
その瞬間、太陽の顔色が変わった。
兵士たちを捕まえ、監禁場所を吐かせる。
そして建物へ飛び込んだ。
若葉は床に押さえ付けられていた。
服は乱れ、顔は涙でぐしゃぐしゃだった。
必死に抵抗したのだろう。
腕には赤い痣が残っていた。
若葉は太陽の顔を見た瞬間、
「お兄ちゃん……」
と震える声を漏らした。
そしてそのまま泣き崩れた。
太陽の中で何かが切れた。
理性など残っていなかった。
軍団長は抵抗する暇もなかった。
太陽に叩き伏せられ、そのまま重傷を負った。
治療施設へ運ばれたが、そのまま死亡した。
当然、太陽を責める声も上がった。
だが勇樹は黙っていなかった。
若葉を傷付けた側が何を言うのか。
そう言って兵士たちを睨み付けた。
中には剣を抜こうとした者もいた。
だが返り討ちにされた。
それ以降、誰も勇樹たちへ近付かなくなった。
だが問題は終わらなかった。
若葉の様子がおかしくなったのだ。
ほとんど笑わない。
ほとんど話さない。
食事も満足に喉を通らない。
男の兵士が近付くだけで身体を強張らせる。
夜になるとうなされることも増えた。
「やだ……」
「来ないで……」
「お兄ちゃん……」
寝言が聞こえるたびに、太陽は拳を握り締めた。
あの時もっと早く気付いていれば。
もっと早く助けられていれば。
そんな後悔が頭から離れなかった。
勇樹もまた胸を痛めていた。
若葉は被害者だ。
なのに傷付いたのは若葉の方だった。
そして若葉は兵士たちへの治療を拒否した。
勇樹と太陽もそれを支持した。
若葉を傷付けた連中を助ける理由などない。
結果として事態は急速に悪化した。
元々この街では若葉の治療魔法が負傷兵たちの生命線だった。
その若葉が動かなくなった。
魔物との戦いで負傷した兵士が次々と戦線離脱する。
軽傷だった者まで悪化していく。
さらに軍団長死亡による混乱も加わった。
後任は決まらない。
兵士同士で責任の押し付け合いが始まる。
命令系統は崩壊した。
負傷兵は増える一方。
まともに戦える兵士は日に日に減っていく。
ギルモア軍は戦わずして崩れ始めていた。
勇樹は鼻で笑う。
「ざまぁみろだ」
家の前に座っていた太陽へ声をかけた。
「若葉はどうだ?」
「今日は少しだけ飯を食った」
太陽はそう答えた。
だが表情は暗い。
勇樹も察する。
まだ大丈夫とは言えないのだろう。
「そうか」
小さく息を吐く。
しばらく沈黙が続いた。
やがて勇樹が呟く。
「この世界の連中って、クソみたいな奴ばっかりだな」
太陽も苦笑する。
「ああ」
「俺もそう思う」
「帰りたいから協力するとは言ったけどさ」
「いつまでこんな連中と一緒にいなきゃいけないんだろうな」
勇樹が空を見上げる。
太陽も同じ方向を見た。
「……漣が羨ましいよ」
その言葉に勇樹も頷く。
漣。
真紀。
元気にしているだろうか。
その時だった。
「敵襲!!」
大声が響く。
勇樹たちは立ち上がった。
門の方を見る。
十匹ほどのオークが侵入してきていた。
兵士たちが迎撃している。
だが話にならない。
統率が取れていない。
連携もない。
各自が勝手に戦っている。
結果、一方的に吹き飛ばされていた。
血を吐きながら転がる兵士たち。
勇樹は呆れたように笑う。
「ははは」
「笑えねぇな、これ」
太陽が肩をすくめる。
「若葉がいるんだ」
「さっさと片付けるぞ」
二人は前へ出た。
その時、家の窓が少しだけ開いた。
若葉が不安そうな顔でこちらを見ている。
太陽は立ち止まり、振り返った。
そして優しく笑う。
「大丈夫だ」
「兄ちゃんがいる」
若葉は一瞬だけ目を見開いた。
そして小さく頷く。
その姿を見て、太陽も勇樹も前を向いた。
今の二人が戦う理由は一つだけだ。
若葉を守るため。
そのためなら、この程度の敵など障害にもならなかった。
そして二人はオークの群れへ向かって歩き出した。
三匹のオークが突進してくる。
太陽が盾を構えた。
「≪シールドバッシュ≫!」
轟音。
先頭のオークが吹き飛ぶ。
後続も巻き込みながら転倒した。
その瞬間。
勇樹の剣が閃く。
「≪横一文字≫!」
横薙ぎの斬撃。
倒れていた三匹の首が同時に飛んだ。
周囲の兵士たちが息を呑む。
勇樹と太陽は止まらない。
太陽が槍を振るう。
「≪薙ぎ払い≫!」
オークたちが大きく体勢を崩した。
そこへ勇樹が飛び込む。
「≪破竹斬り≫!」
連続する斬撃。
オークたちが次々と倒れていく。
最後に太陽が槍を振り抜いた。
「≪大車輪≫!」
残ったオークが吹き飛ぶ。
戦闘終了。
時間にして数十秒。
オーク十匹は全滅していた。
兵士たちは呆然としている。
勇樹は唾を吐き捨てた。
「役に立たねぇな」
「クソどもが」
そう言い残し、若葉が休んでいる家へ戻る。
負傷兵がそこら中でうめいていた。
だが知ったことではない。
若葉の心を傷付けた連中のために、若葉の力を使う気などなかった。
太陽も戻ってくる。
今の二人は若葉を守るためだけにここへいる。
若葉の心が回復したら出て行く。
それは二人の共通認識だった。
ふと太陽が空を見上げた。
「どうした?」
勇樹が尋ねる。
太陽は少し笑った。
「いや」
「佐伯さんに会いたいなと思ってさ」
勇樹も笑う。
「あー」
「分かる」
「佐伯さんなら今の俺たちを見て何て言うんだろうな」
太陽は少し考えた。
そして首を振る。
「何も言わないんじゃないか?」
「なんで?」
「だって佐伯さんは行動で示す人だからさ」
勇樹は苦笑した。
確かにそうだ。
口で説教するより先に、自分が動く。
そんな人だった。
勇樹も空を見上げる。
そして小さく呟いた。
「佐伯さん、何してっかな……」
この時の勇樹たちはまだ知らない。
その佐伯たちが今まさにゼストで数千のゴブリン軍勢と戦い、街を守っていたことを。




