寮生活2日目(真髄)
「─────4年ぶりに会う後輩に、随分なご挨拶ですね。加納先輩」
自分に向けられた拳を見据えたまま、呆れたように一息。
その言葉にお互い呼応するように、構えを解いて向き合う。
そして。
「ここまでやって、人違いだったらどうしてたんですか、先輩」
「お前相手じゃなかったら、ここまで続きやしねえ─────万一違ってたら、まあ土下座でもするわ」
まあ不意打ちだったしな、と付け加えた清純に対して。
「いや、どこが不意打ちなんですか。気配消してなかったですよね」
あんなわかりやすく襲うぞ、な空気出しておいて、と。
「このバカ巻き込むほど、人の心捨ててねえよ」
と、玄関口で呆然と事の次第を見守っていた成美を親指で指す。
「…って清純!?これ、どういう事?!」
指差されてやっと我に返った成美の、第一声である。
「それに、阿貴ちゃん?!何で清純と互角にやり合ってんの?!」
成美の驚きも無理はない。
前日、自分の暴走に顔を真っ赤にして涙目にまでなっていた阿貴が、空手黒帯の腕前を持つ清純と互角に渡り合っていたのだ。
遠巻きに見ていた寮生たちも、おおむね同じ感覚だった。
「いや何でだよ…」
「先輩後輩だったのかあいつら…」
「てか、あのちびっこ、そんな強かったのか…?」
すっかり人だかりになっていた、青光寮の玄関口周辺。
その中で。
「─────なるほど」
と、ぽつりと呟く男一人。
先の二人の動きを冷静に分析していた男だ。
「─────って、成美さん、加納先輩とも知り合いだったんですか?」
「ぼくの去年の同室だよっ!ねえ清純?本当にこれ、どういう事?」
成美にすれば、いきなり阿貴に襲い掛かった清純にまず問い質すのが先だ。
「あ?見てたろ。再会の挨拶だよ」
「そんな挨拶ある?!よりによって阿貴ちゃんに!?」
「それも言ったぞ。宇都宮じゃなかったらやってねえってな」
「………」
黙り込む成美。実際、あの至近距離でやり合った結果どちらもかすり傷一つ負っていないどころか、汗一つかいていないのだ。
成美は、清純の腕っぷしを知っている。今でこそ「清純」と呼ぶようになった、そのきっかけとなる出来事があったからだ。
その清純が「宇都宮じゃなかったらやってねえ」と言い切る。
(阿貴ちゃんって…本当に何者?)
そこへ。
野次馬と化していた寮生たちの間を割るように。
長身、細身の落ち着いた風貌の、穏やかな笑みをたたえた男が入り込んできた。
「二人とも、面白いものを見せていただきましたが─────」
その声に、清純と成美の背筋が伸びる。
「さ、斎藤さん…」
つられて、阿貴も背筋を伸ばし、その上級生に向き直る。
「ここは、仮初にも公共の施設です。斯様な乱闘まがいの真似は、感心できませんね」
清純と阿貴に目をやり、冷静に、敬語で話す。
清純の反応を見るに、どうやら3年生らしい。
野次馬たちも、突然現れた上級生に「ここはもういいですよ」とばかりに追い払われ、それぞれの部屋に引き上げていく。
「ご、ごめんなさいっ」
慌てて頭を下げる阿貴。
「すまねえっす」
と、渋々と言った態で同様に頭を下げる清純。
そこに。
「そして、僕が最も据えかねているのは─────」
と、斎藤、と呼ばれた男の、その眼が細められる。
(もっと怒られる…?)
阿貴が身構えたところに。
「僕が与り知らぬところで、斯様な騒ぎを起こされた事です」
この騒ぎを止めに来たはずの上級生の、あまりの言い方に阿貴、石化。
(─────え)
この人、何を言ってるの?
阿貴の頭の中を駆け巡っているのは、まさにその一点だった。
清純が、ため息一つつきながら、思い出したように。
「忘れてた…この人、こういう人だったわ…」
成美も、半分呆れながら笑って、
「あの穏やかそうな雰囲気と口調でみんな騙されちゃうんだよね」
と。
「ど、どういうことですか?!」
我に返った阿貴が、二人に顔を向けて。
それに対して清純。
「この人はな…「この寮で俺の許可なく騒ぎを起こすな、俺も混ぜろ」って人なんだよ…」
「おや、加納くん。誤解があるようですね」
「どこがっすか?!」
「僕も混ざりたかった、は些か語弊があります。ただ、知らせていただきたかった、それだけですよ」
「あの」
さっきまで清純と堂々と打ち合ってたとは思えないほどに、そっと会話に入り込む阿貴。
「それって、意味違うんですか?」
「ええ。寮で斯様な騒ぎを僕抜きで起こされるのは、些かばかり面白くありませんからね」
「いや、そういうところっすよ斎藤さん…」
清純が、全然意味違わねえじゃないすか、と付け加えつつ。
「斎藤先輩って、相変わらず面白い人だよねっ」
と成美が笑いながら言う。
「お前にとっては面白い人で済むんだろうがな」
「えー?言葉遣い丁寧だし物腰柔らかいし、でもその裏で面白い事する人じゃん」
「阿久津くん」
ほどほどに、と言わんばかりに成美の言葉を止める。
そして、阿貴を見やって。
「ああ、自己紹介が遅れましたね。僕は3年生の斎藤一郎と言います」
「…宇都宮阿貴、です」
そこで、一郎は改めて阿貴の顔を見つめる。
そして、1年前の清純の言葉を思い出していた。
「このバカが初めて見た男の娘だったら、もっとあの時の事疑ってたんすよ!」
その言葉の意味が、今、目の前にある、と。
「─────ああ」
と一言。
「やっと─────さもありなん、と腑に落ちました」




