プロローグ
ここから7話に渡って、1年前の話になります。
成美が留年する前、清純とルームメイトだった時の話です。
加納清純は、常に後悔しない選択をしてきたつもりだった。
中学から父親に「帝王学」と称して受験させられた青碧学園。
それでも、入学を決めたのはあくまでも自分の決断だった。
そして、それは結果的には正解だった。
当初「こんな坊ちゃん学校で何が帝王学だ」と反発していた自分が恥ずかしく思えるほどに─────この学校で得たものは、地元で当たり前に通っていたのでは得られない経験ばかりだった。
加納組、という肩書が通用しない世界。
地元で普通に通っていたらまず出会えないレベルの家庭…いや、クセの強い面々。
当初抱いていた「坊ちゃん学校」という認識が覆るまで、3か月もかからなかった。
途中、「真面目にスポーツをやりたい奴が行くところではない」と称されながら入部した野球部をやっぱり退部した過去もあったが。
3年間、普通では味わえない経験を、確かに得ていたのだ。
そして、高等部に内部進学した。
「記憶を持ったまま過去に戻れるなら」
いつの時点に戻りたい、なんて質問も鼻で笑って流せるほどには、後悔のない選択を続けてきたつもりだった。
だが。
もし、今同じ質問をされたならば。
清純は、迷わず青光寮入寮直後の。
同室になったどう見ても美少女にしか見えない相方に見とれた瞬間。
この時に戻って、自分の頭をぶん殴ってやりたい、と迷わず答えるだろう。
正直、あの顔に見とれてさえいなければ。
自分のこの後の高校生活も、もっとまともに進んでいたはずだったと確信できるから。
発端は、青光寮の新入生受け入れ初日。
既に中等部の青雲寮から引っ越すことがわかっていたので、荷物運びそのものはスムーズに終わった。
部屋は2階の、222号室。
ぞろ目とは何のラッキーだ、と思わなくもなかったが、部屋番号でそんな感慨を抱くほど子供でもない。
階層としては、上に2年、下に3年と挟まれた世代で、「中学ん時より騒がしくなりそうだな」くらいには新しい生活にそれなりの期待を持ってもいた。
自分の荷物はそれなりに片付いたが、まだ、同室になる相手の姿が見えないな、と思った矢先。
ドアがノックされた。
訪問者は、長身でやや細身の体格、穏やかそうな笑みをたたえる上級生。
「初めまして。僕は寮長の斎藤一郎と言います」
と、敬語で自己紹介をされたのは面食らったが、
「加納清純、っす」
「はい。存じております」
「…何の用っすか」
「大事な話があります。些か長くなりますので、寮長室へ」
と、1階の寮長室に連れられて行った。
一郎に連れられ、部屋に入ると。
寮長室、と銘打ってはいるものの、寮室よりは一回り狭い室内に、中央に長方形のテーブル、その奥に執務用だろう机が並んでおり。
その横に大柄な、多分上級生が一人その場に立っていた。
こちらに目をやり、わずかに会釈をするのに、清純も黙って返す。
だが、もっと目を奪われたのは─────
テーブルの右側のソファに腰かけている、亜麻色の長髪をそのまま下ろした、整った顔立ちの─────美少女。
「…え」
ここ、男子寮だよな?
何で女がいる?
てかそもそも何で俺が呼び出されたんだ?
頭の中で色々な思いがぐるぐる回っているところへ。
「彼女」は清純を見て、にこ、と笑顔を見せてきた。
「ああ、立ったままでは失礼でしたね。座っていてください。お茶でも入れましょう」
と、座るように促し、一郎は戸棚から急須と湯飲み茶碗を人数分取り出して、机の上のポットを手にお湯を注いだ。
「突然呼び立てて申し訳ありません。加納くん」
入れられた茶から湯気がゆらゆらと上る。
「改めて自己紹介を。僕は寮長の斎藤一郎です」
落ち着いた、よく通る声が、部屋に響いた。
その声を聞きながら、清純は、その右前に座っている「美少女」が気になっていた。
「お忙しいところお呼び立てして恐縮ですが…君に来ていただいたのは、重大な話があって、です」
「重大な…?」
「はい。先ほどから気になされているそこの方…君のルームメイトになる、阿久津成美くん、というのですが」
そこで初めて、その名前を知る。そして、それが自分の相方になる相手だという事も。
という事は、こいつ、男か。
と思ったその直後。
「実は、彼女は女性です」
「……………………は?」




