寮生活2日目(襲撃)
「いいとこ、ですか」
「うん、ぼくも去年教わったんだけど結構いいとこだよ」
ちょうど腹具合もそこそこに空いてきたところ、成美のこの申し出は断る手はなかった。
それに、同室になってから初めて一緒に行動するのだ。
学園周辺のこの街を知るのも悪くない。
既に学園を知っている成美のナビゲートなら、信頼に足るだろう。
「わかりました」
と、既に着ていた普段着の上から、薄手のパーカーを羽織り。
「じゃ、行こ」
と部屋を出ようとしたところで、阿貴は一つ気付く。
「成美さん、着替えとかしなくていいんですか?」
と。
謝罪のために部屋に戻ってから、成美はまだ自分のスペースに戻っていないのだ。
「あ」
思えば、成美は昨日の恰好のままだった。そのまま春海の部屋に1日いたのだから、着替えもできていないのだろう。
「忘れてたっ。ごめんね、ちょっと待ってて」
自分の恰好を顧みて気付く。
外に出るにはちょっとばかりラフすぎる服装だったこともあり、何より、スマホも財布も自分のスペースに置いたまま。
とてもこのまま出かけられる状態ではない。
成美は、自分のスペースに戻り、まず着ていたシャツを脱ぎ捨て、部屋備え付けのクローゼットから着替えを取り出した。
「覗かないでね?」
「何でですかっ!」
ちょっとばかりふざけてみたら、素直にツッコミが飛んできてくれた。
だがふざけている場合ではない。ちょっと待ってて、と言ったのはこっちだ。
だが、律儀に目を背けている阿貴である。
別に成美の女の子にしか見えない見た目を意識したわけでは、ない。多分。
素直にこちらに背を向けていた阿貴に、
「終わったよ」
と声をかける。
阿貴が振り返ると、成美は淡い水色のパーカー姿になっていた。
阿貴の落ち着いた色合いとは対照的な、明るく柔らかな色合い。
(これがこの人の普段着なんだ)
と、初めて見る成美の普段着姿に見入る事しばし。
その様に、成美はくす、と笑って、
「どう?可愛い?」
などと返答に困る問いを投げかけてきた。
「…似合って、ます」
と、どうにか答えを返した。
「じゃ、行こっか」
改めて、ドアを開け、二人で部屋を出る。
110号室からは、玄関までさほど離れた距離ではない。
それに阿貴は、一度食堂へ行くのに玄関口の前を通過している。場所はわかっていた。
さて。
青光寮の正面玄関から少し奥へ進むと、食堂があるわけだが。
その食堂へ続く通路の両側には、上階へ行く階段がある。
その男は、その階段の上から、玄関口へ向かう二人の姿を見つけた。
そして─────
一方、玄関では。
下駄箱の靴を取り出し、外に出るため履き替えようとした、その時であった。
阿貴の背に、不意に緊張が走る。
瞬間。
まさに咄嗟に。
身体が動いていた。
「─────成美さん、逃げてっ!」
背後からの気配─────それも、かなりわかりやすすぎるほど。
その男は一直線に玄関に走り込んで。
成美を無意識に入り口のドアの方へ押しやり、その「襲撃者」を迎え撃つ。
相手の突き出された拳を躱し、逆に肘を打ち込む。
それを紙一重で躱した相手が、前蹴りを繰り出し。
その足を手で押さえて、その勢いを利用して今度は自分が真上に足を蹴りだす。
お互い、一手も相手に当たらない、目を見張る攻防戦。
この騒ぎに、寮の他の部屋からも人が見にやってくる。
「おい…あのちっこいの…昨日の奴じゃねえ?」
「相手は先輩…か?」
「何でいきなり喧嘩が始まってんだ?!」
そんな周囲のざわつきに耳を貸している余裕など、ない。
それは襲撃者も同じだった。
相手の攻撃を受け流し、躱しながら反撃を打つ阿貴の脳裏には。
(おかしい)
と。
(この相手…やり合ったことが、ある)
襲撃者もまた、脳裏に。
(やっぱり…噛み合うな)
一連の騒ぎを目にしている周囲の男たちの中で、一つ、疑問の声が上がる。
「おい…気付いているか?」
「ああ…どっちも、すげえレベルじゃねえか」
「そんな話じゃねえよ」
「あ?」
「あの二人…あの至近距離であれだけバチバチやりあってんのに…」
「打撃音が─────一切聞こえてこねえ」
「まさか…これ、やらせか?」
「いや。台本があったとしても…あの速さでそれ再現できるかって言ったら…」
「─────無理でしょうね」
野次馬たちの背後から飛んできた声に、びくり、と振り返る。
長身細身の、落ち着いた風貌の男が、そこに立っていた。
「あの二人は、本気ですよ」
と。
「そして─────お互い紙一重で躱しきっている」
そうしてお互い当たらないまま打ち合う事しばらくの間。
そして。
二人の拳がお互いの顔面に向けて打ち込まれる。
瞬間。
互いの拳が、お互いの鼻先寸前で止められていた。
襲撃した男が、口を開く。
「─────中学上がった時点で、道場辞めたって聞いたが…ありゃフカシか。さらに腕上げやがって」
と。にやり、と笑みを浮かべて。
それに対して、阿貴は左拳を突き出したまま。
「─────4年ぶりに会う後輩に、随分なご挨拶ですね。加納先輩」




