寮生活2日目(阿貴の答え合わせ)
全力で閉じられたドアの内側には。
110号室の本来の住人が、初めて本当の意味で二人っきりになっていた。
静けさが、その空間に落ちる。
ドアを閉めた阿貴は、しばし顔を赤くしたまま背中をもたれさせていた。
一連の会話、全部聞かれてた─────
あんな赤裸々な会話を外に聞かせていた、という事実が、再び阿貴を硬直させる。
「─────阿貴ちゃん?」
接近してきた成美の声に、我に返り、思わず距離を取ってしまう。
「あ、ごめんね?」
まだ怯えられてる、と察した成美は、すぐ離れた。
成美が部屋に入り、物理的な距離が出来た事で、改めて、部屋の中を冷静に見回せる余裕が生まれた。
自分のスペースは、まだ持ってきたままのバッグが無造作に置かれているだけ。
対して成美のスペースは。
明らかにもっと前からそこで生活していた、そんな空気が感じられた。
今朝から気になっていた事を思い出す。
その時はまだ一人だったが、今はその本人がいる。
阿貴は、一つ息をついて、
「─────あの」
「なあに?阿貴ちゃん」
成美は離れたその位置から動かないまま。
「気になってたんですけど」
「うん」
昨日が新入生受け入れ初日のはずだったのに、明らかに先に生活していた空気を感じた事。
先輩であるはずの春海や誠伍に対して名前で呼んだり、まるで対等であるかのような距離感だった事。
そして何より─────新入寮生が全員受けるはずだった、説明会に参加していなかった事。
それらを並べ立てて、決定的な質問を向ける。
「─────昨日、初めてここに来たんじゃないんですか?」
と。
その問いに対して、成美は何でもない事のように。
「うん。ぼく、去年からこの寮にいたから」
「─────え」
「3年生が卒業して部屋空いた時点で、2階から引っ越してきたんだよね」
寮生は、部屋は3年間固定。
それはよほどの事情がない限り、途中で部屋を移ることはない。
つまり、成美はそのよほどの事情があったのだ。
「………」
部屋を移るほどの事情、を阿貴は深く考え込んでしまっていた。
迂闊に声をかけられない。が、漸く出てきた言葉は。
「………それって」
「うん。ぼく、ダブっちゃってるから」
決して自嘲気味ですらなく。
何でもない事のように。
成美はあっさりと「よほどの事情」を口にした。
入寮時の資料を思い出す。
部屋は3年間固定。
よほどの事情がなければ、それは基本的に変わらない。
例えば。
転校、退学、そして─────留年。
そこに考えが届いて、阿貴は改めて切り出す。
「じゃ、成美さんって─────本当なら、今2年生だった、って事、ですか?」
自然に出てきた「成美さん」。
名前も、「成美って呼んでよ」と言われた事もぼんやり頭には残っていたが。
実際には自分より年上だったと知り。
同学年だけど年上、だからさん付け、と頭の中で決まってしまっていた。
(阿貴ちゃんが、名前で呼んでくれた?)
阿貴の口から出た「成美さん」という呼称は確かに成美に聞こえていた。
だが、昨日の今日で、そして今の話の中でそこを拾っていいタイミングではない。本来成美は、その空気が読めるタイプだったのだ。
だからここは軽く流すように、
「そうだよ。でも、今は一緒だから気にしないでねっ」
気にしないで、とは言われても。
学年は一緒でも、年齢は成美が上。
元々生真面目な阿貴は、そこを知ってしまった以上、「じゃ今後は成美って呼ぶね」などと言える性格では、ない。
今朝から抱いていた疑問は解けた。
だが、それ以上の違和感が胸に残った。
「─────あ、そうだ」
沈黙が落ちたままの部屋で、成美が思いついたように声を上げた。
「阿貴ちゃん、お腹すいてない?」
「………え?」
「一緒にご飯食べに行こ?いいとこ知ってんだ」




