寮生活2日目(謝罪、そして)
110号室。
部屋では、阿貴が昨日やりそびれた荷解きの続きを始めていた。
先ほどまで考えていたことは一旦頭の隅に追いやっておいて。
自分で持ってきている荷物は、さほど多くはない。
現在必要最低限の着替えと洗面用具、後は自分で持ち込める範囲のものくらいで、もっと大荷物になる服だの鞄だのは、後日宅配便で届くことになっている。
部屋に備え付けの机とベッドの周辺だけで当面はほぼまとまりそうではあった。
と、考えていると、
こんこん。
と。部屋のドアがノックされた。
「はい」
畳みかけていた服から手を放し、ドアの方へ顔を向ける。
しかし、そちらからの反応は、ない。
ほんの数秒の間があって、閉められたままのドアの向こうから、一言。
「…入っても、いい?」
聞き覚えのある高い声は、昨日よりもトーンが重い。
それでも。
その声の持ち主にされたことが頭をよぎり、わずかにその胸が跳ねる。
しかし、昨日窓から入り込んできたあのテンションでは、ない。
当時とは打って変わった、遠慮がちな声。
その相手の言葉に、阿貴はわずかに目を見開いた。
そもそも、この部屋は成美の部屋でもあったはずなのだ。
本来なら、許可を得る必要などないはず、だが。
「………はい」
わずかに声が固くなったのは、多分気のせいではない。
阿貴の返事から数秒して、漸く部屋のドアが開けられた。
その向こう側に立っていたのは、やはり成美だった。
が。
今度は自分の顔を見て即座に飛び込んでこないし、その表情は固い。
昨日見せた人懐こさは、鳴りを潜めていた。
しばらく、お互い無言のままだったが。
「─────あのね」
ぽつり、と成美が口を開いた。
と思う間もなく、
「ごめんなさいっ!」
直立不動、90度の完璧なお辞儀が勢いよく完成されていた。
長い亜麻色の髪が、その勢いにつられて大きく揺れる。
突然のストレートな謝罪に、阿貴は目を見開いた。
成美は、その下げた頭を上げることもないまま、
「ぼく、君の事怖がらせちゃってた!本当にごめんっ!」
本当はもっと色々な事考えていたはずだったのに。
いざ阿貴を目の前にすると、また、全て吹っ飛んでいた。
それでも、今の成美は。
自分が本当にするべきことだけをはっきりとわかっていて。
だからこそ、90度のお辞儀にシンプルな一言だったのだ。
昨日された事を思い出す。
とは言っても、何が起きているのかわからないまま、ただ、怖くて、思い切り突き飛ばした、くらいだったが。
それを向けてきた相手が、今はまっすぐに謝ってきている。
許せるか、許せないか。
それはまだ、阿貴にはわからない。
ただ、そのまっすぐさが、昨日の事を本気で反省している、のは読み取れたのは確か。
だから。
「─────僕」
「─────本当に、怖かったんですから」
「…うん」
怖がらせていたのはわかっていたけども。
いざ本人から直接向けられると、「怖かったんですから」という一言に、わずかに成美の肩が震える。
「…ごめんね」
頭を上げないまま、か細い声で答える。
お互いその後無言のまま数秒の間があって。
「…顔上げてください」
「……阿貴、ちゃん?」
「許せるか、どうかは、わかりません…でも、本気で謝ってくれてるのは、わかりましたから」
その言葉に、成美はゆっくりとその頭を上げる。
阿貴と目が合う。
「ぼく…ここに戻ってきていいの?」
「…そもそも、自分の部屋じゃないですか」
そこに、いいも悪いもない、とは阿貴も認識している。
「でも」
阿貴は少しだけ語気を強めて。
「昨日みたいなマネはもう─────」
「しないよっ!絶対しないっ!」
その言葉に被せるように、きっぱりとした声で返す成美。
「勝手に触らないし、抱き付かないっ!押し倒さないし、キスもしないしっ!」
「そこまで言わなくていいですっ!!!」
「昨日みたいなマネ」を大声で列挙されて、一気に阿貴の顔が真っ赤になる。
そして、1階全域に悲鳴のような声が響き渡った。
なお。
二人とも全く気が付いていないが。
この間、部屋のドアは全開のままである。




