寮生活2日目 Side成美(with春海、誠伍)
成美が目を覚ました場所は、阿貴がいる110号室、ではなく。
同じように見慣れた天井ではあるが、つい先月まで住み慣れた2階の春海と誠伍の部屋だった。
前夜。
「お前が部屋に居たら、阿貴ちゃんが落ち着いて寝れねえだろ」
と、春海に先んじて釘を刺されたからである。
「マットは出しておくから、今日はそこで寝ろ」
「……うん」
ぽつり、と一言だけの返事。
普段の成美なら、
「えー?一緒に寝てくれないの?」
などと、相手の反応を見て楽しむような軽口が出てきているはずだった。
それすらなかったことで、春海も誠伍も同じことを感じ取っていた。
─────こいつ、あの言葉、本気なんだな、と。
成美は、出されたマットにしばらく座り込んでいただけだった。
誠伍がベッドに入り、春海が
「消灯だから、消すぞ」
と言って部屋の灯りを落とすまで、その姿勢は変わらなかった。
「…おやすみ」
と、春海に一言だけ返事して、明かりが消え、暗くなったところで、成美はようやく横になった。
なったものの。
先ほど勢いで口にしてしまった言葉が、頭の中でぐるぐる渦巻いている。
「本気で好きになっちゃったんだもんっ!」
自分で言うまで、頭の中にすらなかった感情だった。
これまでの成美は、もっと自分に正直で、快楽的で、奔放だった。
自分の見た目を自覚して、最大限に発揮して、相手の反応を楽しんで。
これまでだったら、その場の楽しさと快楽だけで突っ走ってこれた。
もっときわどい状態であっても、自分が主導権を握っていられたのだ。
それが崩れたのは、阿貴を初めて見た、その瞬間だった。
吸い込まれるように。
─────可愛い
─────欲しい
─────近づきたい
─────どうしよう
そこに、普段の自分の打算も、春海の仕込みも、すべて頭から消え去っていて。
それだけが頭の中をぐるぐる回っていて。
その感覚を言語化できないまま、初対面の相手に越えてはいけないラインを超えてしまって。
時間をおいて、冷静になって。
初めて成美は知る。
─────ぼく、あの子を怖がらせたんだ
あの時には、考えられなかった。
阿貴が怖がっても、どうしても、自分で自分が止められなかった。
もし、あの時、突き飛ばされていなかったら─────
悲鳴をあげられていなかったら─────
成美は、わずかに身震いした。
一時は、満たされたかもしれない。
その快楽の代償として、何を支払うことになるのか。
そこに行きついてしまったからだ。
これまでは、その場限りで後腐れもなかった。だから、平気でいられた。
しかし。
阿貴に対しては、初めて「その後」を考えてしまったのだ。
─────阿貴ちゃんに、二度と話せなくなるのは、嫌だ
─────一緒にいられなくなるのは、嫌だ
そんな思考が、いつまでも成美の頭の中をぐるぐると回ったまま、いつしか成美も眠りに落ちていた。
見慣れたはずの天井が、いつもより高い。
それで、改めて自分がいる場所を認識した。
成美が目を覚ましたのと、両サイドのベッドから春海と誠伍が降りてきたのは、ほぼ同時だった。
おはよう、と朝の挨拶もそこそこに。
成美は上体を起こすなり、二人に告げた。
「─────阿貴ちゃんに、謝りたい?」
春海が、その言葉を復唱する。
「…うん」
成美の返事は、短い。
いつもの軽口ではない。
そこに、誠伍が現実を突きつけるように、
「お前、昨日の今日だぞ」
「わかってる」
「また暴走するんじゃないだろうな?」
「しないよっ!……でも、謝りたいんだ」
本当は。
また理性を失う自分が、怖い。
でも、このまま嫌われちゃうのは、嫌だ。
一晩眠って目を覚ましても、初めて抱いた処理しきれない感情がまだ胸の内をぐるぐる回っていた。
それでも、しなければならない事だけは、わかっていた。
春海は、成美の意思を確認するように、
「わかってるよな?謝って、許してもらえるかどうかは、阿貴ちゃん次第だ」
「…わかってる」
「許してもらえなくても、か?」
「……でもっ!このまま嫌われるのは…もっと、やだ」
謝りたい。
許してもらえなくても、謝りたい。
それでも、嫌われてしまうのは─────どうしても嫌だった。
そんな成美の意思まで確認できた春海は、確信を込めて言う。
「なら、会って来いよ」
「おい、春海…」
昨日の今日で会わせるのは危険じゃないのか、と言いかけた誠伍を制して、
「ただし」
一言、切って。
「お前が阿貴ちゃんに謝るのは、許してもらうためじゃねえ。安心させるためだ。そこだけはわかっとけ」
「……うんっ」
僅かに、成美の表情が明るくなる。
そのまま、部屋を出て行った。
部屋に残った春海と誠伍は、部屋を出る成美を見送った。
誠伍が、春海に低い声で問う。
「お前…あの状況で成美と宇都宮を会わせるのは、危険じゃないのか?」
春海は、それでも平然としたまま、確信めいた口調で。
「最悪の事態にはならねえだろ」
ま、様子見には行くがな、と続けて、成美の後を追うように部屋を出た。




