寮生活2日目(阿貴の目覚め)
寮生活、2日目
翌朝。
「んぅ…」
阿貴が目を覚ました時、最初に視界に入ったのは、見知らぬ天井だった。
否、見知らぬ、というのは語弊がある。正しくは、見慣れない天井だった、というべきだろう。
自宅の、自分の部屋の天井ではない。
まだ寝起きでぼうっとなっている頭で数秒の時間をかけて、漸く理解する。
僕、寮に入ったんだった─────と。
薄いカーテンから入り込む朝の光。
かすかに外側から聞こえる足音。
自分が寝ていたベッドの感覚。
その全てが、昨日の朝まで暮らしていた自宅の部屋と違っていた。
今日から、ここが僕の部屋。
その実感だけが、胸に落ちた。
前日は、たった1日いただけなのに、やけに濃厚な1日だった、と思う。
重い荷物を引きずって寮にたどり着いて。
最初に女子に間違われて女子寮に案内されかけて。
部屋に入ったと思えば、突然美少女(?)が窓から入り込み。
その人物に「同室だよ」と自己紹介されて。
そして─────
阿貴は、そこまで反芻して「その時」の事を振り払うように頭を軽く振った。
思い出したくない。
でも、忘れられない感覚。
このまま続いてたらどうなっていたんだろう。
ただ、怖くて突き飛ばして。
その後の事は、よく覚えていない。
ただ、寮長が成美に対して本気で怒り、その成美と一緒になって土下座してきたこと。
もう一人の先輩─────誠伍は春海に責任を取らせる意味で、先に部屋を出ていた事。
土下座された時、その様子に、そこまでしなくても、と言いかけたことくらい。
阿久津成美。
その相手は、その時から一度も部屋に戻ってきていないようだった。
目を覚ましてその事に気が付いた時。
胸に去来したのは、果たして安堵か。
阿貴は、一つため息をついて、改めて、昨日から自分の居場所になったこの部屋を見回す。
昨日はいろいろな事がありすぎて、そこまで気が回らなかったが。
そこで、改めて、いくつか違和感に気付く。
まず、自分側のスペース。
まだいくつかの段ボールは片付ききれていない。
昼間力尽きて、説明会まで寝てしまった後、どうにか「今必要最低限」の衣類、タオル、私物を出しただけの、まだこの部屋に馴染み切っていない、取っ散らかった感がある。
対して、成美側は。
昨日が新入寮生の受け入れ初日だったはずなのに。
何故か、その前からここに住んでいた感じすら漂ってくるほど、部屋の配置が馴染みすぎていた。
雑に散乱した雑誌類。
机に放置されているヘッドホンと私物なのだろうタブレット。
何故かあるヘアゴムとか小物類。
その全てが、当人はそこにいないのに、前々からここにいた体温すら感じられた。
先に来ていた、では説明が付かない。
阿貴が入寮したのは昼前だった。
成美が先に来ていた、と考えても、その差はせいぜい数時間程度。
それだけでこれほど生活感に差が出るとは、思えない。
そして。
成美は昨夜、この部屋に戻ってきていない。
冷静になって考えたら、違和感はそれだけではなかった。
自分と同じ新入生であるはずの成美と、寮長である春海、そしてもう一人の先輩である誠伍。
この三人の距離感だ。
成美が、先輩であるはずの二人を平気で名前を呼び、タメ口で接していて。
二人もそれを無礼とも思わず、ごく普通に受け入れていたように見える。
昨日知り合ったばかりの相手同士の距離感ではない。
仮に、三人とも中等部から持ち上がりで以前から知り合いだった、とするならあるいは説明もつくが。
それでも、少なくとも先輩後輩の関係とは思えない距離感だった。
それに、説明会の件もある。
昨日、阿貴はあの一件の後、力尽きて寝てしまい、説明会の時間までそのままだった。
だからこそ、覚えている。
同じ日に入った新入寮生は、全員が食堂で顔をそろえるはずだった。
なのに。
少なくとも、阿貴が見た限り、そこに成美の姿はなかった。
新入生、のはずなのに。
同じ部屋の住人であるはずなのに。
しかし、そこまで考えて、阿貴は小さく首を振った。
何か事情があるのかもしれない。
だけど、昨日会ったばかりの自分が気軽に踏み込んでいい話ではない。
何よりも。
そんな事を考えるより先に、阿貴にはやるべきことがある。
中途半端に広げたままの自分の荷物の整理だ。
やっと寮生活が二日目に入りました…どんだけ時間かけるつもりなんだ、なんて言わずに気長に付き合っていただけると幸いであります。




