2 作戦部長の憂慮
大日本帝国、東京市麹町区永田町、参謀本部
参謀本部の第一部は作戦、編制動員、演習等を所管し、第一部長は作戦部長と通称される。陸士二五期、陸軍少将の田中新一は昨年一〇月に着任した。爾来、憂慮の種は尽きない。大きくは四つもあって、それを古い順に並べると、
一つ、日中戦争の解決。
一つ、対ソ軍備の充実。
一つ、南方作戦・対米戦。
一つ、独ソ戦に伴う対独支援、対ソ攻勢の可否。
田中部長は書きつけた業務日誌を見つめる。何が根本なのかは理解できる。作戦部長に就いたのは前任の富永が不祥事の責で更迭されたからだが、富永の席次は七四一名中の三五番、田中は一七番でずっと上だ。すなわち、田中の明晰な頭脳は支那大陸から撤退すれば、ほとんどの問題が解決できると判定していた。
ま、それができれば苦労はない。だいたいが、懸案といわれるものは長い期間、古い課題の上にさらなる課題が積み重なっているものだ。新しい課題を解決するのは比較的に容易だが、多くの場合、それは表層だけに終わる。根っ子の化石的に硬くなった問題を氷解させなければ、また次の課題が発生する。ふうむ。
とはいっても、現実的な問題解決は新しいものから行われる。緊急で喫緊とされるからだ。今は、独ソ戦への対応だ。田中部長は業務日誌を数ヶ月前から読み返す。開戦が近いと大島大使から情報が入ったのは四月か。松岡外相がベルリンの帰りにモスクワに寄って日ソ中立条約を締結した頃だ。四月二三日のページには、独ソ戦開戦の際帝国の採るべき措置があった。
一.支那事変を速やかに解決しおくは対ソ牽制を有効にす。
二.その為、日米会談を催す。支那解決後は米に対して非常なる牽制力をもつ。それは米の対欧戦参加を不可能とす。
三.米の参戦後は、日本は日米会談に拘束されず。
四.独ソ開戦に先立ち支那事変解決を切要とし、日米友好保持、米ソ接近の防止を要す。
五.日支軍事同盟。
「ん」
田中には第五項を書いた記憶がなかった。が、自分の字に間違いない。何のことだったか。その後に、行を替えて字句がある。
支那満洲の安定整理。西南アジアの整理。南方確保。
「うーん」
思い出せない。第四項の施策の後に軍事同盟を締結して、日中で西南アジアや東南アジアに進出しようと言うのか。まさか、英仏蘭領への共同侵攻か。わからん。田中は頭を振って雑念を追い出す。
昭和一四年一二月、欧州大戦の開始とノモンハン事変の戦訓を容れて、陸軍は修正軍備充実計画を立案した。すなわち、中国大陸に展開している八十五万人の兵力を五十万人にまで減らし、浮いた三十五万人分の財源で対ソ戦用の軍備、戦車、航空機を充実する。しかし、翌年の八月、八路軍が華北で開始した百団会戦によって計画は吹っ飛んだ。八路軍は四十万人を動員した。駐留兵力を減らすことはとてもできない。
「米国が支那問題に口出しはじめたのはこの前後だ」
支那事変開始から二年あまり、首都を落し独逸も黙らせた。その後も陸軍は百戦百勝、占領地は拡がったのに、講和はならない。援蒋ルートは仏印まで潰した。なぜだ。外務省と首相の無能のせいだ。陸軍の予算の大半は支那事変に吸い取られている。新式の戦車も航空機も遅々として配備は進まない。
「もはや、支那事変は日中の戦争ではなくなった」
今年の一月、参謀本部の部長会議で、「大東亜自給戦争指導要綱」と「対支持久作戦指導要綱」を討議した。昨年一〇月に独逸がアシカ作戦を延期したからである。独軍の英国本土上陸はない。田中にとっては重大な転機だった。それまでの英米可分論を、海軍主張の英米不可分論に改めた。海軍に靡いたのではない。もっと視点を高くしたのだ。
すなわち、日中戦争は、もはや世界情勢と不可分的な性格を持った。米英どころではない、米英中が不可分なのだ。現に、米は援蒋ビルマルートを再開した。展望が見えない。蒋介石の思考を読む必要がある。ひょっとして、三国同盟は帝国にとって有害ではないのか。
「いかん」
明日は大本営政府連絡懇談会で「対ソ国策要綱」を採決する。来月早々には御前会議で「情勢の推移に伴う帝国国策要綱」を検討し、ご裁可をいただく。独ソ戦開始に対して陸軍部内の意思を統一しておかなければ、海軍の侮りを受ける。今、優先すべきは南方作戦と対ソ作戦、南進策と北進策の二つであって、日中戦争のことは棚上げにするしかない。すなわち、日中戦争は和平工作を急がず、長期戦態勢を確立する。当面は封鎖・航空作戦を主とするのだ。それは五月のページに書きとどめてあった。
「そして、関特演を構想した」
関特演の構想が成ったのは六月一五日である。独ソ開戦必至を察知した時、
一.満州兵備の増強、在満師団の導引、整備人馬の前進を図り、
一.支那は現在方針を踏襲、在満戦備を充実し、南方展開を行い、
一.情勢の推移に因りては北もしくは南に発動し、
一.要すれば、支那より兵力を転用し、
一.九、一〇月ごろに武力行使を可とする。
までが北進策であり、その後速やかに、
一.本格的太平洋戦争を準備し、
一.インド、ビルマ、泰、馬来、仏印、蘭印、比島、沿海州、カムチャッカ島を手裡に入るるを要す。
が南進策である。
すなわち、関特演とは、関東軍特種演習の略ではなく、対ソ戦と対米英戦の両方を連続して行う作戦の秘匿名なのだ。
哈爾浜市街図
満州国、浜江省哈爾浜、新市街区
定刻二二三〇に哈爾浜駅に着いた奥田少尉と山口少尉は、迎えの車で車站街の関東軍情報部に入る。部長の柳田少将に申告、割符を確認した後、預かってきた書類鞄を渡す。柳田はポケットから出した鍵で鞄を開いて、中を検める。黙って頷いた柳田は、その場で第一軍司令部第二三課に電話を掛ける。
「受け取った」
それだけ言って、柳田は受話器を二人に向ける。
『了解であります。隠語を申し上げます。オセンナカスナウマコヤセ』
二人が頷くと、柳田は受話器に話す。
「聞いた」
『以上であります』
柳田が受話器を置いた時、奥田は通信文作成を終わっていた。
(シセタヤイコトマキウニナハスオカヤナハンナセシオ)
「これでお願いします」
「なるほどな」
柳田は通信兵を呼ぶ。通信文を受け取った通信兵は退室した。すぐに戻って来て、送信終了を報告する。
「ご苦労だった」
二人は最敬礼する。
「ありがたくありました。失礼します」
関東軍情報部を出た二人は、哈爾浜神社の先のロータリーまで早足で来て時計を確かめる。
「二三〇〇、任務完了!」
「よし、休暇の開始だあ」
口中の含み綿を吐き捨てた二人は、拳を空に突き上げて跳ぶ。途端に車のライトに照らされた。
パアーン!
クラクションを鳴らした車が歩道に乗り上げてきて、二人の目の前で急停車する。フォードのガブリオレか、運転しているのは・・。
「アリョーシャ!」
「よお、お二人さん。乗ってくれ、礼をしたい」
「お礼参り?」
二人が乗ると、フォードは急発進する。
「ゲネラル根本に会えた。それから、哈爾浜特務機関のゲネラル柳田を紹介された。俺はうまくやっている。二人のおかげだ」
車は中央大踊りを驀進している。夏といってもオープンカーでは涼しいを通り越して寒いぐらいだ。
「それはよかった。で、どこへ向かっている」
「そうだった。宿は決まっているのか」
「名古屋ホテル。ええと石頭道街」
「モストーワヤか。日本人街は鉄道の向こう」
車は減速し、強引に道を横切って、また加速する。
「とばすぞ」
「ひゃっほー」




