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目の不自由な令嬢は仮面の聖女となる  作者: ハナショウブ
ピリカの魔女と聖女
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長の指名

祖母の家は遠くないのですぐに到着してしまった。途中イルスの暴露で足が止まってしまったが、それでも遅くなるほどの時間ではない。先に長の家に向かったリナよりも少し遅れた程度で玄関についた。

「外で待っていた方がいいかしら」

「入った方がいいな。聞かれてまずい話なら追い出されるかもしれないけれど、そうでなければ家の中の方がいい」

秋とはいえ森に囲まれているピリカは王都よりも気温が低い。油断すると体を冷やしてしまうことがあるので、外での待機はあまり勧められない。

イルスが家全体を確かめるように見る。

「見た限り拒絶されていないようだから、入ることは可能だ」

魔女たちの家は魔法石で部外者の侵入を阻止する魔法が施されている。今は誰が入っても大丈夫なようだ。リリアにはうっすらとした魔力が玄関扉を包んでいることしかわからない。

「戻りました」

イルスが声をかけながら扉を開くと、後ろをくっ付いてリリアも中へと入った。

「お邪魔します」

「あら、リリア。一緒に来たのね。姉さんに用事でもあった?」

玄関を潜るなりすぐ近くでセイの声が聞こえてきた。声の方を見るとぼんやりとした黒い影が見える。魔力を纏っていないためはっきり見ることができなかった。

「あの、お祖母様に会いたいと思って来てしまったんです。お邪魔ならまた後で来ますけど」

「何言ってるの、せっかく来てくれたのに追い返したりしないわよ」

伺うように言うと、セイは魔力を纏ってはっきりと視界に姿を現すと楽しそうに手のひらを振った。

「ではそのように手配します。今日中にはすべて揃えますのでご安心ください」

「リナに頼むのが一番早いからね。助かるよ」

祖母とリナが何か話をしているのが聞こえてきた。何かをリナに頼んでいるようだが、その内容まではわからない。まだ話が続くようならやはり引き返すべきかと思っていると、セイが近づいてきて背中を押してきた。

「話ならもう終わったから大丈夫よ。せっかく来たんだからお茶でも飲んでいきなさい」

勧められるままに歩いていく。

「リリアさんもここへ来たのね。話は終わったから帰るわね」

「もう終わりですか?」

リリアが追いつくまでそれほど時間はかかっていなかったはずだ。

「頼まれごとをしただけだから」

話はすぐに終わってしまったらしい。

「では明日伺います」

リナはすぐに出て行ってしまった。

「さて、自分から来てくれるとは、どういう風の吹き回しだろうね」

リナの影を追って玄関を見ていると、話が終わったミキが魔力を纏わせてはっきりと姿を現した。

魔力が視えるリリアの目のことをリナは知らないので、彼女が出て行ったことで魔力を纏ってくれたのだ。それと同時にパンと手を叩くと部屋全体にミキの魔力が広がった。

はっとすると部屋全体がはっきり視える。

セイやイルスの姿も視えると、セイの近くに母のサラがいたこともわかった。

リリアが家を出る時にサラも出かけたので祖母の家に来ていたのだ。

「これでよく視えるだろう」

部屋全体を見渡しているとミキが口を開いた。

「何か話があって来たんだろう」

座るように促されて向かい合うように椅子に腰を降ろすと、セイがお茶を出してくれた。

「お祖母様とゆっくりお話をしたいなと思って来たんですけど、忙しそうですね」

アルベルトは必ず迎えに来てくれる。それを信じることができるようになると、ここにいる時間はそう長くないことも理解した。そこで自分にできることをしてみようと思っていた。

アルベルトが来るまでは家の外に出て集落の中を見てみることくらいしか考えていなかったが、今ならもっとできることをしてみようという気になっている。

サラに相談するのも良かったが、ピリカの長である祖母に尋ねる方がもっといいと思っていた。

そのことを話してみると、祖母は少しだけ難しい顔をしてしまった。

「私、ここでは役に立ちませんか?」

ピリカは魔女や魔術師の集落だ。浄化師であるリリアは使える力が違うため役に立たないのかもしれない。少し落ち込んでしまうと、ミキは首を横に振った。

「滅多にいない浄化師を邪険にするわけないだろう。逆に大歓迎なくらいだよ」

そう言うと、近くにいたセイに地図を持ってくるように言った。

何だろうと思っていると、テーブルの上に王都を中心とした周辺の森や平原、山が描かれた地図が広げられた。

「ここが王都。その西にある森がピリカの森だ」

「わかります」

確かめるように指でなぞっていくミキに頷くと、祖母は口角を上げて王都の北にある山脈を指さした。

「王都の北には山があって、その麓にも森が広がっていることは知っているね」

「はい」

「その森がどういった森なのかはわかるかい?」

「魔物が発生しやすくて国が管理している立ち入り禁止の森のはずです」

その説明に頷くとミキは麓に広がる森全体を指でなぞった。

「この森には魔気溜まりが存在していて、そこから魔物が発生している。それを毎年神殿が選んだ聖女に浄化させていることも知っているね」

北の森は広く奥が深い。その奥に魔気が発生して留まっている魔気溜まりと呼ばれる場所が存在する。これは王都に住む人間なら誰もが知っていることで、奥への立ち入りは禁止されている。

森に入る手前に騎士団の駐留所が設けられ、許可を得た者だけが入ることを許されるのだ。

だが、森は広いため駐留所から離れた場所から勝手に侵入することも可能だ。リリアが攫われた事件があった時も、北の森に連れて行かれた。駐留所を避けて侵入した誘拐犯はその奥にある小さな小屋へとリリアを監禁した。

「でも、聖女の浄化は毎年行われていてもすべての魔気を浄化できるわけではありませんよね」

聖女巡礼で各地を回った聖女は北の森にも立ち寄ることになっている。そこで少しでも溜まっている魔気を浄化するのだが、あまりにも魔気の濃度が高いため周囲に漂う魔気を浄化することが目的となっていた。さらに奥にある魔気溜まりまでは手が届かない。

「その通りだよ。浄化はされているが魔気の完全な浄化はできない。そのため放置された魔気から魔物が発生してしまう。生まれてきた魔物は放っておけば森を抜けて近くの町や村を襲う可能性がある」

王都も危険に晒されることになるが、王都は魔術師団が結界を張っているため魔物侵入は防ぐことができる。しかし、一歩外に出てしまえば魔物の餌食になってしまう。

「周囲を危険に晒すわけにはいかないからと、森の奥には魔物が出てこられないように結界を張ってあるんだよ」

その話は聞いたことがある。外からの攻撃を防ぐのではなく中の存在を出さないために張られた結界は知られている。

「その結界を張っているのがピリカの魔女なんだよ」

「そうだったんですね」

結界の存在は知っていても誰がしているのかまでは知らなかった。

本来魔術師団がやるべきことなのだが、結界を張り維持していくことに人手が足りなかったため、強力な魔力を持っているピリカに王家から依頼が来た。

「その結界も、王家との契約破棄で私たちが撤退した後すぐに消えてしまったけどね」

「え、それって」

嫌な予感しかしなかった。

結界を張っていたのは依頼を受けての行動だ。依頼から手を引いたのであれば、当然結界も消えてしまっている。そうなれば中に閉じ込めていた魔物も好きに出てこられるようになる。

「駐留所に騎士がどれくらいいるのか知らないが、数が少なければ彼らが処理しているだろう。だが、森の中の魔物の数は把握されていない。今頃どうなっているのか」

アルベルトが昨日ここへ来た時にはそんな話はしていなかったし、リリアには秘密にしていたとしても切迫した状況が雰囲気から感じ取れただろう。それがまったくなかったので、まだ魔物が出てきたという報告はなかったと考えていい。

契約破棄から6日目になる。騎士たちの手に負えないほどの状況が差し迫っている可能性は十分にあった。

「このままだと、魔物が森を飛び出してくるかもしれない」

呟くように言った言葉にミキが頷いた。

「それに、2年前に選ばれた聖女は力が弱かったみたいだし、おそらく浄化も思ったほど出来ていなかった可能性があるね」

2年前に選ばれた聖女は浄化師としての力が弱かったため補佐役を2人付けられていた。そうすることで巡礼地の浄化はできていたのだろうが、あまりにも濃い魔気が存在する北の森はおそらく補佐がいてもそれほど浄化がされていなかっただろう。

「今年の聖女は力が強いらしいから周りも期待していたんだろうけど、今回のことがあってまだ浄化が出来ていないからね」

シルフィーの力で濃くなってしまった魔気を少しでも薄くしたいと神殿も考えていたのだろう。態度に問題があっても力を優先した結果が今回のことを招いたのも確かだ。

「お祖母様はどうするつもりなんですか?」

役に立てないかと尋ねると祖母は北の森の話をしてきた。そう考えるとおのずと答えは出てくる。

「実を言うと放置するつもりでいた」

なんでもないようにあっけらかんとミキが言うものだから、驚いて言葉を失ってしまった。

「結界を張って護っていたのは私たちだ。その重要性を無視してピリカの魔女はもう必要ないという馬鹿なことを言う貴族の思い上がりをへし折ってやりたかったからね」

どれだけ重要なことに貢献しているのか、そのことを知ろうとせずピリカの魔女の力を否定した者たちへの報復として、契約していたすべてを手放した。その中に含まれていた北の森の結界は消えてしまい、今はまだ大丈夫でも、魔物が溢れ出てくるのは時間の問題だろう。そうなった時にピリカの魔女の重要性を確認することになる。

「私たちはこの森さえ無事ならそれでいいんだ。王都に魔物が現れてもそちらで解決すればいい。私たちには関係ない」

戦争が起こっていた時代、ピリカは王家に対して静観する姿勢を取っていた。それを西の軍隊が王都を攻める時に最短距離の移動を考えてピリカの森へと侵入してきた。魔女たちを襲った西の軍隊に対してピリカは激しい怒りを覚え、一夜にして軍隊を壊滅させてしまった。ピリカの魔女たちは手を出されれば反撃するが、それ以外は黙って事を見ていると決めていたのだ。

「静観するつもりでいたんだけどね」

渇いた笑いがミキから漏れる。

「200年も契約していると、やはり王都との繋がりが色々とできてしまったし、このまま放置はさすがにできそうにないだろう」

そう言って隣に座るサラを見た。母は貴族であるオルファ=フラクトルと結婚してレイルとリリアを生んだ。ピリカの血筋でありながら、貴族の一員という存在が生まれている。

それ以外にも魔術師団に数名の魔女が派遣され、魔術研究や魔法指導なども行われて協力関係も強くなってきていた。契約の打ち切りと同時に魔女やピリカの血筋は森へと戻ったが、やはり切り離せないものもあるのだ。

「これは強制するものじゃないということを事前に言っておく」

急に真剣な表情に変わると、まっすぐにリリアを見つめてきた。それだけで次に言われる内容がなんとなくわかった。

「浄化師リリアとして、北の森の浄化をしてきてほしい。もちろん魔物退治はピリカの魔女が請け負うから、リリアは浄化することだけに集中してほしい」

「私の力が役に立つのなら、承ります」

リリアもまっすぐに前を向いて視線を合わせた。視線が合うことなど滅多にできないため、祖母の顔をしっかりと記憶に刻むように見つめた。

「いろいろと準備が必要だろう。こちらも用意に時間が必要だ。準備が出来たら北の森に向かってくれ」

長としての命令だ。初めての指名と命令にリリアは力強く返事をしていた。


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