イルスの告白
「いつもより顔が明るくなった気がするわ」
リナにそう指摘されて、リリアは頬に手を当てた。自分では気が付かなかったが、表情に変化が出ているらしい。
アルベルトが朝方帰ってしまって寂しい気持ちはあったものの、もう会えないかもしれないという不安は消えていた。必ず迎えに来てくれる。その言葉がリリアの雰囲気を変えているのだ。
今日もリナの家で薬草の調合を見学させてもらっている。
どんなものを使って何を作っているのか、はっきり見えないが、見えていてもきっとわからない気がする。そのためリナは言葉で説明しながら調合をしてくれていた。
「昨日の薬草サラダ美味しかったです」
初めてのサラダに戸惑ってしまったが、いざ食べてみると野菜サラダよりも草感はあっても、味は美味しかった。アルベルトも微妙な雰囲気を醸し出していたが、食べているうちに感心したように美味しいと漏らしていた。
「変な物を食べさせたりしないわよ。サラ様はわかっていたようだし、身体によくて美味しく食べられるならいいことよ」
ピリカに住む者たちはサラのことを様付けで呼ぶ。ピリカを離れてしまっても、長の娘であることに変わりはない。魔女としての魔力がほとんどないと知っていても、誰もサラを邪険に扱うことはない。
「王都に戻ったら、お父様やお兄様にも食べてもらおうかしら」
「あの薬草はピリカの森で採取できるものだからね。王都では難しいと思うよ」
薬草として乾燥させた状態でなら王都でも出回っているだろうが、生の新鮮な草では手に入らないだろう。食べるためにはピリカに来る必要がある。
「移動魔法で取れたてを持って行くのも手ではあるけど、さすがにそれだけのために魔法を使うのは面倒だよね」
産地直送にはなるが、サラダのために高い技術のいる移動魔法を使うのはどうかと思う。
少し残念ではあるが、薬草サラダはピリカでしか食べられない貴重な物だと認識しておこう。
話をしながらも手元が動いているようで、かさかさと紙が擦れる音や乾燥させた草を砕いている音が聞こえてくる。ただ音を聞いているだけのような状態になっているが、なぜかそれが心地よく感じられるのが不思議だ。
「リナさんいる?」
のんびりとした時間を楽しんでいると、玄関扉からイルスの声が聞こえてきた。
「いるよ。ついでに言うとリリアさんもいるよ」
リナが返事をすると扉が開いてイルスが入ってきた。今日は深い緑色のローブのようだ。
「長が話したいことがあるから来てほしいって」
「わかった。片づけをしたら行くから」
ピリカの長に呼ばれてしまったのではリリアも帰るしかなくなる。リナが途中までの作業をやめて、あちこち片づけを始めた。
「イルスはリリアさんを家まで送ってあげてくれる?私はこのまま長の家に行くから」
3人で家を出ると、リナはまっすぐ長の家に行くことになった。リリアも1人で家に帰ろうと思っていたが、イルスが送ってくれることになった。視界がぼんやりしていても家の場所はわかるようになったので大丈夫なのだが、リナの配慮を受け取っておくことにする。
「お祖母様は忙しそうね」
ピリカに来て1度しか会っていないが、ピリカの長である祖母は毎日誰かを家に呼んでは何か話をしているというのを母から聞いている。そんな母も何度か呼び出されているようで、今日も祖母の家へと行っていた。おそらく王家との契約破棄や今後の話し合いなど決めなければいけないことがあるのだろう。
「60歳も超えているはずなのに、衰え知らずだと思うよ。森の外のことは母さんが動いているとはいえ、まだまだ現役って感じだな」
背筋を伸ばし、まっすぐにこちらを見てきた視線は年齢よりもはるかに若さを持っているように視えた。高齢の魔女だと背中を丸めしわくちゃな顔や手がローブから覗いて、笑うと恐怖を感じさせるというイメージがある。子供の絵本などにはそうやって描かれている魔女もいる。そのため年老いた魔女は怖いという発想を持たれることが多い。リリアもピリカと関係性がなければそう思っていただろう。
「可能なら、もう1度くらい話をしたいと思っているんだけど。今は無理そうね」
アルベルトが王家からの判断を持ってきたことでピリカにも変化が起きている。話し合いが始まる前にこちらの条件をまとめておかなければ、また戦争時の契約に似た時代に合わない内容にさせられる可能性もある。それを避けるため、今のピリカに合った契約をしたいと考えているようだ。
「そんなにいつも忙しいわけじゃないぞ。孫が会いたがっていれば時間くらい作れるだろう。強制的に連れてこられた身なんだから、少しくらい我が儘を言ってもいいんじゃないか」
自分の意思でここへ来たわけではないリリアは、もともと住んでいたわけでもない。ピリカの関係者として来ているが、どこかお客様感があった。周りも気を遣ってくれているのが伝わってくるし、祖母に会いたいという我が儘くらい簡単に叶えられる立場でもある。
「今からでも行ってみるか?リナさんとの話が終わればすぐに会えると思うぞ」
イルスなりの配慮なのだろう。ここへきて寂しそうにしているリリアを見ていた彼からすると、叶えられることは対処したいと思っているようだ。
「ありがとう。そうさせてもらおうかな」
腕を借りて歩いている従兄が頼もしく感じる。なんだか兄のレイルを思い出してしまい懐かしい気持ちに目を細めた。
「このままリリアがここに残ることになったら、俺の妻になる予定だったんだけどな」
「へ?」
歩きながら突然イルスが予想もしていなかったことを言ってきた。
言われた内容を理解するのに少し時間がかかった。頭が追いつくと当時に添えていた腕から手を離してしまう。
「イルス、何言って」
「あくまでも王家がピリカを切り捨てた場合の話だよ。もうその機会はなくなるだろうから、時効ってことで話しておいてもいいかなと思ったんだ」
これは長たちが密かに決めていたことだった。このままリリアが森に残ることになれば将来のことを考える必要がある。魔女ではないが浄化師であるリリアの力を放っておくこともできない。年頃ということもあって、この際従兄のイルスと夫婦にするという意見が出ていた。イルスも反対しなかった。
ただ、最終的にはリリアの気持ちがイルスに向かなければ話自体なかったことになるとも同時に決められていた。
「一応口説く予定はしておいたんだぞ」
「そんなこと急に言われても」
「王家は話し合うことを提案してきたから、結局この話はなしだ」
王家とピリカで契約がまとまればリリアは王都に戻ることになる。アルベルトの婚約者のままでいられるのだ。イルスに口説く余地などどこにもない。
「特に気にする必要はないよ。ただそんな話が出ていたことだけ知っておいてもいいだろうと俺が勝手に判断しただけだ」
すべてリリアに内緒にされていた話だ。当事者になるはずだった人間が何も知らないでいるのは良くないと判断して告白してきた。
実はサラも話は聞いていたが反対はしなかったという。その代わり娘の気持ちを尊重することだけは譲らなかった。仕方なくイルスと結婚するのであれば反対する気でいたのは彼女の心の奥に仕舞われている。
知らないところでリリアのことを思って考えてくれていたことはありがたく思うしかないが、それでも心を偽ることはできない。
「ごめんなさい。私はアルベルト様の婚約者でいたいわ」
はっきり断るとイルスは呆れたように肩をすくめた。
「ここへ来てからの寂しそうにしていたリリアを見ていたし、婚約者殿が来てからのリリアの表情が明るくなったのも目の当たりにしていると、勝てる気はしなかったよ」
アルベルトに会ってからリリアの心は軽くなった。前を向いて彼が迎えに来てくれることを信じて待っていられるからだ。
リリアの変化を周りにいる人たちは敏感に感じ取っていた。
「でも、ここに住んでいれば王都で生活するよりはっきり視ることはできると思うけどな」
魔女や魔術師たちが生活している集落だ。魔力があちこちに満ちている。リリアの目の秘密を知る者はこの森では親族だけではあるが、みんなにも知ってもらって協力してもらえるようになれば、何不自由なく視ることのできる生活が送れる可能性がここにはあった。
それでもリリアには目が視えるよりも大切なものが王都にある。
「私のいる場所はここじゃないの。私のいたい場所はアルベルト=ウォルスターの隣がいいわ」
譲ることのできない想い。
笑顔で宣言すると、イルスもわかっていると言いたげに頷くのだった。




