迎えの約束
目が覚めるとまだ辺りは薄暗かった。窓を見ればうっすらと空が白くなりつつあったことから、どうやら夜明け前のようだ。
少し早く起きてしまったなと思いつつ隣を見ると、規則的な寝息をたててリリアが眠っていた。
ゆっくりと体を起こすが、目を覚ます気配はない。
結局一緒のベッドで眠ってしまった。
髪を乾かしてやると、リリアの表情が急に変わったのがわかった。切なそうでいて離れたくないと言われているような表情にこちらの理性が揺らいだのは間違いない。
そっと額にキスを落とせば魅惑的な表情が見上げてきて、そこで止めることができなかった。
キスを繰り返しベッドに押し倒したところで、リリアも状況が把握できたのだろう。明らかに戸惑った様子を見せた。
これ以上は駄目だと瞬時に悟ったアルベルトはそれでも離れることができず、彼女を抱きしめた。これ以上は何もしないと言ったのは自分に言い聞かせていたようなものだ。
やがてリリアが眠りについたことに気が付くと、アルベルトもそのまま眠ってしまった。
「いろいろ危ない気がする」
貴族として伯爵家と公爵家で書面の婚約関係を交わしているが、順番というものが一応あるのだ。破ればただでさえ強面のフラクトル伯爵の怒りを買うことになる。シスコンのレイルとの関係も面倒くさい方向へ進むだろう。
「それは絶対嫌だ」
想像しただけで背中が寒くなる。
余計なことを考えても仕方がないと思いなおしてベッドから抜け出して部屋を出た。
僅かに朝日が差し込み始めた部屋はまだ薄暗いが部屋の中が見えないわけではない。
それでも明かりが欲しいなと思い、テーブルまで歩み寄ると両手をかざして光球を生み出した。テーブルの上をふわふわと浮いている光が部屋全体を照らす。
「帰る前に長と直接会えればいいが」
長からの返事を持って王都に戻りたいと考える。昨日のうちにイルスがピリカの長へ王家の考えを伝えているはずだ。できればすぐにでも返答をもらいたい。
新しい契約を結ぶための話し合いをできるだけ早く始めたいと思っている。そうしなければいろいろと支障が出ている魔術師団の混乱も収まりがつかないだろう。
これからのことを考えていると、突然玄関の扉が開いた。
魔女達の住む家に鍵はない。皆それぞれの家に魔法石を置いて、部外者の侵入を防ぐようにしているからだ。そのため家の関係者なら簡単に出入りできる仕組みだ。
扉が開かれて一瞬警戒したアルベルトだったが、現れた人を見てすぐに警戒を解いた。
「伯爵夫人」
「あら、もう起きていたのね。おはようございます」
サラが笑顔で挨拶をしてきたので、こちらもすぐに挨拶をする。
「リリアは?」
「まだ寝ています。起こしてきましょうか?」
「そのままでいいわ。こちらに来てからぐっすり眠れていなかったようだし、アルベルト様に会えて安心していると思うから」
「そうですか」
見た目には睡眠不足のようには見えなかったが、会えないことで心配や不安を募らせていたのだろう。
リリアが拉致される事件が前にあったが、その後の事後処理でしばらく会えない日々が続いたことがあった。あの時は今以上に会えない時間が多かったが、不安に思うことは何もなかった。毎日のように花を送り、リリアが元気でいることを実はオルファやレイルに城で会った時に伝えてくれていたのだ。会えない寂しさはあっても、心配や不安がなかった。
だが今回は下手をするともう会えなくなるかもしれないところまで追い込まれていた。ピリカが拒絶し続ければアルベルトとリリアの婚約も消滅する可能性があった。
5日間という短い時間のはずなのに、精神的負担はずっと重かったようだ。
「アルベルト様も、リリアの顔が見られて安心したでしょう」
心を見透かすようにサラが微笑む。
「思っていたよりも元気そうで良かったです」
「いつまでも下ばかり見ていられないと思って、リリアなりに前を向こうとはしていたのですよ。でも、本人は気づいていなかったようだけど時々寂しそうな表情もしていたから、周りから見ると心配ではあったわ」
イルスも同じようなことを言っていた。周りが気になるほどにリリアは気落ちしていたのだろう。
「俺は一度王都に戻ります。次に会えるのがいつになるのかわかりません。その間リリアのことをよろしくお願いします」
「もちろんよ。でも、できるだけ早く迎えには来てね」
「はい」
ピリカと王家の話し合いによってはアルベルト個人の判断で再びここへ来ることはできない。
「それはそうと、家の前にイルスがいるのよ。いつ王都に戻るのか聞きに来たんじゃないかしら」
家にはサラだけが入ってきたが、玄関にイルスもいるようだ。
王都に戻ることを聞きに来たとサラは言うが、おそらくすぐにでも送り届けるために来たのだろう。
そう考えて帰る準備をするために部屋に戻ることにした。
強制送還される前に、リリアにちゃんと挨拶もしておきたい。
寝室に戻るとまだリリアは眠っているようでベッドの上の毛布がこんもりと丸くなっている。
あまり音を立てないように帰る準備を済ませると、ベッドへと近づいた。
「リリア」
毛布の上から軽く揺すって声をかける。
「・・・ん」
眠りを妨げられてゆっくりと開かれた目は、アルベルトを捉えていない。
「まだ朝には早いけど、すまない。もう王都に戻らないといけない」
少し寝ぼけているのか、呆然とした様子でこちらの声を聞いているようだった。
「・・・帰るんですか」
か細い声が問うてくる。
「そうだよ。これから王家とピリカの話し合いが始まるだろう。次会えるのがいつになるかわからない」
状況によっては魔物討伐のためにアルベルトも遠征に向かう可能性がある。それこそ数か月は会えなくなってしまう。
「でも、必ず迎えに来るから。それまで待っていてほしい」
「アルベルト様」
ベッドから起き上がったリリアは寝間着姿に寝起きの気だるさが相まって魅惑的な魅力を持っている。
手櫛で髪を整えてしわになった寝間着を手さぐりに整えてからこちらを見た目には力強さがあった。
「お待ちしています。だから絶対に迎えに来てください」
「必ず」
アルベルトも力強く答えると彼女の左手を取った。
その薬指にしっかりと婚約指輪が嵌められていることに気が付いて、どれだけ不安であっても揺るがない彼女の気持ちの表れだと思えた。
別れの挨拶の口づけは触れるものではないが、アルベルトは敢えて指輪にキスを落とした。
「あ・・・」
感触で伝わったのだろう。リリアが頬を染める。
手を離すと今度はリリアが挨拶のキスをアルベルトの頬にする。こちらも触れないキスのはずなのだが、優しいキスは頬に触れるものだった。
少しばかり驚いていると、悪戯がばれた子供の用に彼女が笑った。
「お返しです」
寝間着姿で外に出るわけにもいかないため、リリアとは寝室で別れることにした。
玄関を出ると憮然とした態度のイルスが待ち構えていた。
「遅い」
「リリアに帰ることを伝えていたから」
「・・・仕方ないな」
どうやら彼はリリアのことでは弱いらしい。レイル同様シスコン決定でも良さそうな気がする。
「長からの返事は?」
「話し合いには前向きだ。あとはこちらからの条件などを伝える必要があるだろう。詳しい内容は後で送ることになる。それを踏まえてそちらがどう判断するのか待とうと思っている」
まずはピリカから新しい契約に関する条件を提示してもらうことになるだろう。王家としても外せない内容はあるはずだ。お互いの合意できる範囲を精査しながら話が進められていきそうだ。
「王家にも伝えておく」
「契約がまとまるまではピリカとしては、今まで協力していたことへの対応をするつもりはない。そのことも頭に入れておくように」
「わかった」
魔術師団の混乱はまだしばらく続くことになるだろう。その対策も必要になりそうだ。
これからやるべきことはたくさんありそうだ。とりあえずピリカとの交渉は一歩進んだと言っていい。
期待を胸に移動魔法でアルベルトは王都へと帰っていった。




