憶測
しばらく顔を合わせられなかったせいなのか、今日のリリアはいつにも増して綺麗に見える。もともと美人ではあるが、外見だけではない内面から輝いているように見えるのは気のせいだろうか。
腕を組んで客間まで歩いている間、腕から伝わる温もりや話しかけてくる笑顔に心臓が早鐘を打っていた。
柄にもなく婚約者に緊張していることに気が付くと、アルベルトは内心で苦笑してしまった。
客間へ到着すると、ソファに2人並んで座る。
お茶が目の前に用意されると、使用人が誰もいない状況になった。本来婚約者といえども結婚前の男女を部屋に2人きりにすることはない。久しぶりの再会に使用人も配慮してくれたようだ。
せっかく2人きりにしてもらって楽しい話が出来ればよかったのだが、それよりも先に伝えておかなければいけないことがあることに気が重くなるのを感じる。
「リリア」
「はい」
明るい声が返ってくると、これから話すことに躊躇いが生まれてしまう。
「どうしました?」
首を傾げる姿も愛らしく見えるが、覚悟を決めて口を開いた。
「話しておきたいことがある」
声の雰囲気で察したのだろう。急にリリアの表情が引き締まった。
「なにか、ありました?」
瞳が不安そうに揺れる。視線は合わなくても声と瞳で感情が読み取れた。
前日にウォルスター公爵邸に泊まったアルベルトは、その日の夜にクリステッドが襲われた事件とリリアが誘拐された事件に関連がある可能性が出てきたことを兄夫妻に伝えた。リリアの誘拐はすでに夫妻も知っているが、詳細までは話せない。簡単な説明だけだったが、兄夫妻は納得したように話を聞いてくれていた。
確固たる証拠は何もない。すべてアルベルトの勘でしかないが、それでも伝えることで今後の警備を強化してもらうなり、対策を講じてもらうことになった。
『取り越し苦労になる可能性は十分にあるけれど、ウォルスター家が狙われたなら、俺や兄さん以外にも義姉上にも影響が及ぶかもしれない。そこも注意しておいてほしい』
リリアが狙われたのがアルベルトの婚約者だったからという可能性がある。そこを嫉妬していたミリアを利用して実行させたのなら、今後公爵夫人のメリーナも危険に晒される可能性は十分にある。
『メリーナのことも含めて警備の強化は考えておこう。魔女の彼女が簡単にやられる可能性は低いが、念を入れておくのは悪いことじゃない』
メリーナは強い魔力を持った魔女だ。城の魔術師団に所属していてもいいくらいの実力がある。彼女を襲撃するにはクリステッドの襲撃よりも骨が折れる気がする。
公爵邸はそれでよかったが、問題はアルベルトの婚約者であるリリアの方だった。
伯爵にも話は通しておくつもりだが、リリア自身にも今後の行動に注意する必要があった。
誘拐された本人にこれ以上恐怖心を与えたくはなかった。どう話すべきか考えていたのだが、結局上手い話し方が思いつかなかった。
「俺の兄が魔気に侵食されたことがあっただろう」
「はい」
「それと、今回のリリアが誘拐された事件に関連がある可能性が出てきた」
「え?」
どういうことなのかさっぱりわからないようで、必死に事件の関係性を考えているのがわかった。
「今のところすべて俺の推測でしかないが、聞いてほしい」
そう前置きしてから、ミリアが謎の男から魔気石をもらっていたこと。彼女の憎悪を利用した可能性。それがアルベルト=ウォルスターの婚約者という立場だったリリアに向けられたこと。それとウォルスター公爵が襲われたこと。どちらもウォルスターに関わりがある人間が被害にあっている。
「断定はできないが、ウォルスター公爵家に恨みのある人間が動いていた可能性がある」
「私がアルベルト様の婚約者だから狙われたということですか」
「そうだとは言えないが、違うとも言えない」
さっきまで明るい表情をしていたリリアが沈んだ表情をする。何を考えているのだろうと伺っていると、彼女は弱々しい声で質問してきた。
「アルベルト様は、私と婚約を解消したいと思っていますか?」
「は?」
突然のことに変な声が出た。どうしてそういう結論が出るのだろう。
「婚約者でなければ狙われる心配がないから解消しようと思って、今日訪ねてきたのかなと思ってしまって」
息を飲んだ。今回の誘拐がアルベルトの婚約者だからという理由なら、婚約者でなくなれば狙われる対象から外される可能性もあるのだ。不確かなことで婚約の破棄など考えていなかったアルベルトにとってはリリアの言葉は衝撃だった。
言っている彼女はとても寂しそうにしている。それが破棄などしたくないと表現されていた。
そっと肩に手を触れるとびくりと体が跳ねた。そのまま抱き寄せると安心させるように背中を撫でてやる。
「可能性の話をしているだけで確定しているわけじゃない。それなのに君と婚約破棄などするつもりはないよ。それよりも今まで以上に警戒するほうが今は重要だ」
撫で続けると安心したのか体を預けるように寄り掛かってきた。
言葉はなくても2人の間に穏やかな空気が流れていくのがわかった。
静かな時間が過ぎていく。やがて落ち着いたリリアが体を離すように態勢を戻した。
腕から消えた熱に少し寂しさを感じていると、リリアが両手を握りしめてこちらに顔を向けた。
「私も、お話しておきたいことがあるんです」
少し迷いを見せるように視線が揺れる。躊躇うような内容なのだろうと察して、彼女が口を開くのをじっと待つことにした。
「あの、私」
「失礼する」
ノックの音とともに扉が開かれて黒いローブの男性が部屋に入ってきた。
突然のことに驚いて2人で同時にそちらを向くと、視線を受けた男性は意外そうな顔をして首を傾げた。
「なんだ、2人だと聞いたからもっと甘い雰囲気にでもなっていると思って、驚かそうと思っていたのに」
「イグナスおじ様」
声で相手を判断したようでリリアが立ち上がった。
突然現れた魔術師団長は笑顔を向けてきた。
「やっと手の空く時間が取れたから、リリアの様子を見に来たんだよ。そしたらウォルスター卿が来ていると聞いて、少しお邪魔をさせてもらうことにした」
言い方からすると、割り込んで2人の反応を楽しもうと思っていたという風に聞こえる。
師団長とはあまり接点のないアルベルトは、この時彼が悪戯好きなのだと推定しておいた。
立ち上がったリリアは嫌な雰囲気を出すこともなく、イグナスをソファに座るように促そうとしたようだがぴたりと動きを止めると、何かを思いついたようにアルベルトを振り返った。
「アルベルト様、大事なお話をさせてください」
視線の合わない彼女は静かに言うと、覚悟を決めたようにふっと笑みを零した。




