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目の不自由な令嬢は仮面の聖女となる  作者: ハナショウブ
事件後
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事件後の疑問

「1つ気になっていることがあります」

リリア=フラクトル伯爵令嬢の誘拐事件が表沙汰にはならず、判決も出たことでとりあえず事件は締めくくられた。

やっと一区切りついたことに安堵して、また黒騎士隊長としての仕事に専念できると思っていると、リックスがぽつりと疑問を口にした。

今は他の部下達は演習場で訓練の真最中だ。

アルベルトはリックスと2人で書類の整理に追われていた。

「なんだ?」

手を動かしながら尋ねると副隊長は気になっていることを口にした。

「フラクトル嬢が森の中を逃げた時、隊長が発見した場所と、監禁されていた小屋の位置に距離がありすぎるように思いました」

動かしていた手が止まる。顔を上げると難しい顔をしたリックスがこちらを見ている。

「何が言いたい」

「あの距離を目が不自由なフラクトル嬢が1人で逃げることが出来たのかということです」

事件後に第2騎士団の手伝いでアルベルトだけでなくリックスも森の中の調査に参加していた。

リリアを発見した場所からさらに奥に監禁されていた小屋を発見したのだが、その距離感にアルベルトも違和感はあった。だが、発見されたリリアが傷だらけでドレスもボロボロだったことから、転びながらも必死で逃げた結果があの距離だったのだろうと勝手に結論付けていた。

敢えて考えないことにした内容を、リックスはずっと疑問に思っていたらしい。

「つまり、リリアは目が見えていると言いたのか」

回りくどい言い方をしても仕方がないと判断し、ストレートに聞いてみた。

「目を疑ってはいません。健診も定期的にしているそうですし、浄化師が患者を庇って嘘をつくとは思っていません。ただ、気になってしまったので」

リリアの弱視は定期的に浄化師ケインが診察している。ぼんやりとしか見えない視力は幼い頃からのものだ。見えないと嘘をつくメリットが彼女にあるとも思えなかった。

「完全に見えていないわけではないからな。木の陰や距離感はなんとなく掴めているらしい。はっきりとした姿かたちがわからないくらいで、見える人間と比べれば遅いかもしれないが、あれくらいの距離はリリアでも動けたのだろう」

完全に払しょくされた疑問ではないが、そう結論付けるのが一番だと思った。

「隊長がそういうのであれば」

納得とまではいかないようだが、これ以上話をしても無駄だと思ったのだろう。疑問に関しての話はそこで終わった。

再び静かになった部屋に、ノックの音が響いたのは少し経ってからだった。

返事をするよりも先に扉が開かれて1人の男性が顔を覗かせた。

「いたか」

「団長、どうしました」

アルベルトが驚くのも無理はない。第3騎士団の団長自ら黒騎士隊に顔を出すことなどほとんどない。よっぽど重要な案件でもない限り、団長室に行くのが普通だからだ。

「少し話しておきたいことがあってな」

そう言うとグレックは部屋に残っているリックスに視線を送った。それを察したリックスが静かに席を立つ。

「部下達の様子を見てきます」

返事も待たずに部屋を出ていってしまった。

2人きりになったことを確認してからグレックが近づいてきて、近くにある部下の椅子をアルベルトの近くへと引き寄せて座った。

「何かありましたか?」

ここに来たということは急ぎの要件かもしれない。緊張しながら尋ねると、グレックは息を一つ零した。

「フラクトル伯爵令嬢の誘拐事件で、少し気になることがある」

またリリアの事件に関する疑問だ。団長は森の調査に同行していないが報告書は目を通しているはずだ。リックスと同じ質問をされるのかと思っていると、彼は急に真剣な表情に変わった。

「ミリア=ルナソルの事情聴取で妙な発言があった」

「ミリアの?」

彼女はアルベルトにずっと恋心を抱いていた。リリアが婚約者として現れたことで嫉妬に狂って今回の犯行に及んだのだ。

事情聴取はアルベルトが参加するとややこしいことになりそうだったので、第2騎士団に全面的に任せていた。

「問題点がありましたか」

報告書はアルベルトも読んでいる。彼女はリリアに嫌がらせをしたが、婚約破棄される気配がないことから誘拐してリリアを森に捨てるつもりでいたらしい。目が見えないと勘違いしていたため、放置しておけば動けないリリアは森の中を彷徨って死んでしまうと思い込んでいた。

誰も気づかなければ可能性はあったかもしれないが、多くの人が街に出ている時間に堂々と誘拐したのだ。すぐに捜索されて発見される可能性の方が圧倒的に大きかった。

そんなリスクは頭に入っていなかったのか、リリアが屋敷の外にいることがあまりないため、今回のずさんな計画が実行されたようだが。

それに、ウォルスター公爵家でのリリアの婚約破棄の拒絶が引き金でもあったらしい。

報告書を読み進めていくと、ため息が出てしまうほど呆れた理由だ。

「実は報告書に乗せていない証言がある。第2騎士団長に報告されたのだが、その証言は載せないことになって、俺のところに直接話に来たんだ」

「それは、どんな?」

報告書に載せることをやめた証言。それをわざわざアルベルトに伝えにきたグレック。嫌な予感しかしない。

「彼女を捕まえた時に魔気が体から噴出したのだろう」

「はい。それは居合わせた浄化師ケイン=ラリットによって浄化されました」

ケインが浄化したのはミリアの体に溜まった魔気だけだ。周囲に広がった魔気はリリアが浄化してしまった。リリアの浄化は伏せなければいけなかったので、すべてケインの仕業ということになっている。

彼もそれなりの力を持った浄化師なので、浄化できたことに誰も違和感を持たなかった。

浄化は成功し、ミリアが持っていた魔気石はただの石となって回収された。

「その魔気のことだが、誘拐事件が起きる前にルナソル伯爵令嬢のところにフードを被った謎の男が現れたそうだ。その男が黒い球を渡してきたらしい」

「黒い球」

リリアに対して嫉妬を抱いていたミリアはどうにかして婚約破棄させようと考えていた。そんな時に男が手助けになる物があると言って渡してきたという。

おそらくそれは魔気石だったのだろう。ミリアは魔気石の知識がなかった。存在は知っていても、実物を見ることはない。渡された石が役立つという言葉を信じて受け取ってしまったようだ。

それを持ち歩いていたミリアは魔気石から漏れ出す魔気に少しずつ侵食されていっていたはずだ。特に負の感情を抱えていた彼女は恰好の餌だったことだろう。

魔気石は持っているだけで体調を崩したり、進行すれば魔物化する恐れもある。ミリアが浄化で無事だったのは、魔気の影響をまだそれほど受けていなかっただけだ。

それがアルベルトに完全に拒絶されたことで彼女の心が壊れて球が割れてしまい、中に収まっていた魔気が爆発した。

「俺はその男のことが気になっている。どうして男が令嬢に接触してきたと思う?」

確かに気なる存在だ。だが、このことをアルベルトにわざわざ話に来たということは何かあると思っていいのだろう。

魔気石の話を聞いて、どうしても兄のクリステッドのことを思い出してしまう。

グレックは兄が魔気に侵されたことを知らない。体調不良で仕事を休んだ程度にしか周りは思っていないはずだ。

「令嬢は幼馴染みのアルベルトを振り向かせるために魔気石とは知らずに手に取ってしまったようだが、男の方はもしかするとアルベルト=ウォルスターに嫌がらせをしたかったんじゃないかと俺は思っている」

いつまでも答えを出さないでいると、グレックが自分の考えを話し始めた。

「私への嫌がらせですか?」

「黒騎士問わず、騎士をしていれば恨みを買うことは時々ある。それが逆恨みの場合も含めて」

「なるほど」

普通に仕事をこなしているつもりでも、どこかで誰かに恨まれていることだってあるかもしれない。

「そうなると、フードの男を探すのは難しいかもしれませんね」

どこで恨まれたのかもわからなければ、犯人の特定は難しすぎる。

「もう一つ。もっと大きく考えた場合、相手はアルベルト=ウォルスターというより、ウォルスター公爵家を陥れたかったとも考えられる」

そう言われた瞬間、何かがすとんと心にはまったような感覚があった。

アルベルト個人への恨みではなく、ウォルスター公爵家への恨みだったら。

クリステッドが襲われて魔気に苦しんだこと。アルベルトの幼馴染を魔気石で利用して婚約者を傷つけようとしたこと。どちらもウォルスター家の2人に関わっている。

「まさか」

否定の言葉が出たのに、内心では納得してしまっていた。

「考えすぎかもしれないが、可能性はゼロじゃない。そう考えると、今後も何か仕掛けてくる可能性もある。相手が不明な分気を付けるべきだと思って、一応耳に入れておくべきだろう」

クリステッドの件を知らないグレックが、今回の事件だけを聞いて考えたことに驚くしかない。

「ありがとうございます。兄にも今回の事件の詳しい詳細は話せないにしても、可能性を考えて対策を考えるように相談してみます」

「取り越し苦労かも知れないが、一応は警戒しておいた方がいいだろう。今のウォルスター公爵は陛下の覚えもめでたいし、政には欠かせない人物になっているからな」

政治関係でウォルスター公爵家に恨みを持たれてはアルベルト1人では解決できない。公爵家への恨みなら、余計にアルベルトが犯人を見つけるのは難しくなるだろう。

詳しい事件内容は伝えられなくても、兄と相談して今後のことを決める必要が出てくる。

「あぁ、それとしばらく事件のことが忙しくて婚約者と顔を合わせていないとも噂で聞いたぞ。解決したんだから一度顔を見せに行ってやれ。巻き込まれた当事者でもあるし、婚約者がいつまでも会いに来ないと愛想つかされるぞ」

立ち上がったグレックは思い出したように付け加えた。

「それは困ります。毎日花は贈っているので大丈夫だと思いたいですが」

「ほほぉ。お前から惚気を聞く日が来るとはな。まぁ頑張れ」

これは惚気になるのだろうか。疑問はあったが質問することでもないので黙っていると、ひらひらと手を振りながらグレックは出ていった。

1人残されたアルベルトは今後のことを考えながら、フラクトル家にいつ行くべきかも同時に考えることになるのだった。


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