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目の不自由な令嬢は仮面の聖女となる  作者: ハナショウブ
新たな事件
57/149

逃げる

どれくらい走ったのかわからないまま、息が上がっても足が重く感じられるようになっても前へと進んでいく。

後ろから怒鳴るような声が時々聞こえていたが、決して振り返ることなく逃げていた。

だがどこまで行っても森を抜けることはなく、ずっと目の前には木があるだけの光景だ。

本当に前に進んでいるのか疑いたくなってきたとき、上げたはずの足が思ったよりも上がっていなかったようで、地面から飛び出していた木の根につま先がぶつかってしまった。

「あっ」

息も絶え絶えのリリアには踏ん張る力などなく、そのまま地面に倒れこんでしまう。

派手に転んだことで全身に衝撃が奔った。一瞬息が詰まってせき込む。

荒い息をしながらも起き上がろうとしたが、すでに体力の限界を超えていた。

転んだ拍子に集中力も切れてしまい、はっきりと視えていた景色がぼんやりとしたものへと変わってしまい進む方向さえわからなくなってしまう。

どっと全身から汗が噴き出すと同時に、再び後ろから男の声が聞こえてきた。

先ほどよりも近い声に、リリアは手探りで近くにあった太い木と思しきところまで這いつくばるようにして移動すると、その木の根元に蹲るようにして身を隠した。

これでどこまで時間稼ぎができるかわからないが、リリアに気づかずにどこかへ行ってくれることを願うしかない。

心臓が激しく脈打っているのを感じながら息を殺して待つ。

視界が悪くなってしまった分、静かな森の中を走ってくる足音がはっきりと聞こえてくる。

心の中で気づかないでと何度も呪文のように繰り返していると、やがて足音がすぐ近くで止まった。

心臓の音がやけに大きく聞こえてくる。緊張で体を固めるリリアの元へ足音が近づいてくるのがはっきりとわかった。

逃げる体力などもう残されていない。見つかってしまえば確実に連れ戻されてひどい仕打ちを受けることになるだろう。最悪の状況を想像してしまい、ぎゅっと閉じた瞼から涙が溢れそうになるのを必死で堪える。

最期になるかもしれないと思うと、家族のことが脳裏に浮かんだ。そして、はっきりと顔を視たのは魔気に侵食されて苦しそうにしていた寝顔。うっすらと開いた瞼がリリアを見た時の穏やかな微笑みを浮かべた婚約者。

会いたい。

純粋にただ会いたかった。

心の中で彼の名前を呼んでも返事などあるはずがない。

近づいてきていた足音がすぐ近くで止まった。

リリアは動くことができずに木の根元で体を丸めていることしかできなかった。

唐突に肩を掴まれた。

「いやっ」

腕を振るったが、その腕も掴まれてしまった。

「リリア!」

その声に動きが止まる。目を見開いて見上げても黒い影が見えるだけで相手を判断できない。それでも、聞きたかった声に呼吸をすることさえ忘れてしまうところだった。

「アル、ベルト様」

掠れた声で名を呼べば、いきなり強く引き寄せられて抱きしめられた。

「見つかってよかった」

心底安堵した声に、本物だと確信が持てた。

会いたかった人が目の前にいる。もう諦めてしまっていたのに、リリアを探してくれていたのだ。

「うっ・・・アル、うぅ」

名前を呼びたくても溢れてきた涙と、今までの恐怖と会えた嬉しさが混ざり合った感情に嗚咽が漏れて言葉にならない。

アルベルトの胸にしがみ付いて、リリアはとにかく泣くしかなかった。

その間ずっと温かい手が優しく背中を擦ってくれていた。


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