反省と約束
どれくらい呆然としていたのかわからない。
気が付けば部屋にはアルベルトしか残されていなかった。
レイルは引きずるようにリリアを連れて行き、リリアのそばにいた侍女もいつの間にか消えている。一緒に部屋を出ていったのかもしれないが、いついなくなったのか定かではない。
「・・・失敗したな」
ここに来るまでずっと葛藤していた。リリアの力を借りれば神殿に行かずに、公爵が倒れたことさえ気づかれずに済むのではないか。だが、ずっと隠し続けている力を簡単に貸してくれるとも思えない。諦めて神殿に向かうべきだ。考えながら足はフラクトル家へと向かってしまっていた。
屋敷の目の前まで来たからと勢いで訪ねたはいいが、やはりリリアを目の前にして躊躇いがあった。
それでも兄が魔気に侵食されていることを言ってみたが、結果は無残なものに終わった。
リリアは何も言わなかったが、レイルの怒りようを見ていれば来てはいけなかったことを悟るしかない。
「神殿に行かないと」
今もクリステッドは魔気に侵されて苦しんでいる。ここで呆けていても浄化師は手配できない。
足取りが重いのを感じながら、玄関へと向かう。
使用人は誰も出てこなかった。それがアルベルトに対してのフラクトル家の意思なのだろう。
突き放されたことを悟ると、レイルの言葉が蘇ってくる。
『俺たちは道具としてリリアを見るようなやつを婚約者と認めない』
それが意味するのは婚約破棄だろう。
「道具だなんて、思ったことはない」
結局頼ってしまったことが、彼女の家族からはそう見えてしまった。
玄関を出て門を抜けて夜空を見上げた。夏は日のある時間が長いが、すでに空は夜になっている。来た時はまだうっすらと明るかったように思うが、それだけ遅い時間にここへ来たことになる。婚約者といえ急な夜の訪問は失礼だ。緊急事態だからと自分の中で割り切ってしまっていた。
全部考えが甘かったのだ。それを痛感するしかない。
一歩を踏み出すとふらつく感覚があった。
拳を握りしめて強く目を閉じると、胸の中に溜まっていた重い感情をため息とともに吐き出した。
アルベルトは黒騎士だ。いつでも冷静に感情を揺らすことなく戦いに身を置かなければいけない存在。いつまでも沈んだ感情を抱えていては駄目だ。
しっかりと足を踏み出すことを意識しながら前に進もうとしたところで、後ろから声をかけられた。
「ウォルスター様」
振り返ると、侍女服を着た女性がこちらに駆け寄ってくるところだった。
近づいてくると薄暗い中ではっきりと顔を見ることができる。
「リリアの侍女の・・・」
「エルといいます。お嬢様からウォルスター様に預かったものがあります」
両手で包み込むように持っていた物を差し出してきた。
「これは」
見覚えのあるペンダント。
前にアルベルトが遠征に行くことになった時に預けてくれたお守りだった。
後から聞いた話だが、このペンダントはリリアの浄化の力が宿っていて、魔気に反応して発動する聖物になっていた。アルベルトが怪我をして魔気を体内に入れてしまった時にも力を発動させていたらしく、魔気の力を抑制してくれていた。
「公爵様に持たせてほしいということです」
「兄さんに」
魔気に苦しんでいるクリステッドが持てば、体内の魔気を抑制することができる。浄化の力を使えなくても、彼女なりの手助けなのだとわかった。神殿の浄化師が到着するまでの時間稼ぎには十分なる。
「ありがとう」
「それからもう1つ」
受け取ったペンダントを握りしめると、エルはさらに近づいてきて小声で囁くように言ってきた。
「1日だけ待ってほしいそうです」
「え?」
「そうすれば、もう少しだけ協力することができますと、お嬢様からの言伝です」
それだけ言うと返事を待たずに踵を返した。
来た時と同じように小走りで屋敷へと戻っていく。
返事は聞かなくてもわかっているのだろう。扉が閉められ静まり返ったフラクトル邸を見つめてから頭を下げたアルベルトは、無言のまま立ち去った。




