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目の不自由な令嬢は仮面の聖女となる  作者: ハナショウブ
魔気の侵食
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アルベルトの願い

突然の訪問はこれで何度目だろう。

少し慣れてしまっているような気がして、リリアは慌てることなく玄関へと向かった。

「アルベルト様」

玄関に佇む黒い影に声をかける。

「リリア・・・」

どこか覇気のない声に首を傾げつつ、待機室へと促した。

夕食も終わり部屋でくつろごうとしていた時に、エルからアルベルトが来たことを告げられた。こんなに遅い時間に訪れたことはなかったので、少し驚きつつも突然の遠征でしばらく王都を離れることを伝えにきたのかもしれないとぼんやり予想をしていた。

ソファに座りエルがお茶を用意してくれると、そのまま出ていった。婚約者ということで長い時間でなければ2人にしてくれたのだ。

「今日はどうしました?」

「突然すまない。実は相談があって来たんだ」

歯切れの悪い迷いを含んだ声に、リリアは自分の予想が外れたことを直感した。

「相談ですか?」

先を促すように質問したのだが、アルベルトはすぐに口を開かず静かな時間が流れる。

「アルベルト様?」

表情を確かめることができないため、何か喋ってもらわないと伝わらない。困ったなと思っていると、黒い影が左右に動いた。

「兄が・・・領地から今日帰って来た」

「そうでしたか、メリーナお義姉様にはお世話になりましたから、公爵様にも挨拶をしたいと思っていたんです」

リリアの夜会の準備のためメリーナは公爵と一緒に領地に行くことを諦めた。妻と離れることになった公爵には悪いことをしたと思っていたので、戻ってきたら一度挨拶に行きたいと考えていたのだ。婚約してから直接公爵と会って話をした経験は少ないため未だに緊張するが、末永く付き合っていくことを考えれば、公爵との交流も必要なことになるだろう。

いつ行けばいいかメリーナに相談してみようと考えていると、アルベルトが再び口を開いた。

「夕方に話をしていたんだが、突然苦しみだして倒れたんだ」

「え?」

一瞬何を言われたのかわからなかった。聞き間違いかと思ったが、彼の言葉の暗さに真実なのだろうと思いなおした。

「容態は?」

持病があるとは聞いていない。王都に戻る途中で怪我でもしていたのだろうか。

心配しながら尋ねると、なぜかアルベルトは押し黙ってしまった。

相当深刻な怪我なのかもしれない。無意識にスカートをぎゅっと握ってしまう。

「回復士を呼んだとしても無理なんだ」

怪我なら回復士を手配すれば良いと思ったのだが、どうやら状況は違っているらしい。

回復士が駄目なら、残されたのは浄化師だ。

そう考えて、浄化師が必要な状況に思い至った。

「・・・魔気」

リリアの言葉に反応するようにガタンと大きな音を立ててアルベルトの黒い影が大きく伸びあがった。急に立ち上がったのだと思ったときには、彼は苦しそうに言葉を紡いでいた。

「こんなことをリリアに頼んではいけないということはわかっている・・・わかってはいるんだが」

そこで言葉が詰まる。だが、リリアにはその先の言葉がわかった。

「浄化をしてほしいと」

「・・・神殿に申請して浄化師を頼むことはできる。だが、それをすると、王家や他の公爵家に兄の容態が知られてしまうことになりかねない」

5大公爵のひとつであるウォルスター公爵家。王家との仲は良好だったはずだ。

他の公爵家との関係までは詳しくないが、あまり良好な関係を維持していない公爵家があったような気がする。そういった貴族にウォルスター公爵が倒れたという情報がもたらされるのは相手にとって好都合になる場合がある。

その懸念をアルベルトは持っているのだろう。すぐにでも神殿に行きたいところを思い留まって、浄化の力を持っているリリアのところへ来たと考えられた。

リリア自身も表立って浄化ができる存在ではない。自分の目のことを考えて家族や、秘密を知る者たちが隠してくれている。

秘密を守りたい者同士だから協力してくれるだろうと彼はここへ来たのだろう。

「リリアの力なら、俺に浄化をしてくれたように兄も助けられると思って」

アルベルトの切実な声にどう返せばいいのか迷った。

口を開こうとした瞬間、ばたんと大きな音がしたのはその時だった。

驚いて音の方を向くと、部屋の入り口に青い影が見える。

使用人ではない。彼らは白と黒の制服を着ている。そうなると家族の誰かになる。夕食時の全員の服の色を思い出している間に、その影が低い声を発した。

「貴様、今何の話をしていた」

「お兄様」

明らかに怒りを含んだ兄の声に、今の話を聞かれたことを察した。

「リリアの力を貸してほしいだと?」

リリアが浄化の力を使えることがアルベルトに知られたことは家族に伝えてあった。その時家族は少し戸惑っていた。彼がリリアを利用するのではないかという心配があったからだ。だが、アルベルトが利用するために婚約を続けているわけではないことを説明して納得してもらっていた。

それが今の話を聞いてしまえば、力を利用するのだと思われる。何とか弁明しなければと思っていると、案の定、怒りを含んだレイルの声が聞こえてきた。

「自分が何を言っているのかわかっているのだろうな」

「レイル殿、これには理由があって」

アルベルトが事情を説明しようとすると、レイルの影が音もなく動いてアルベルトに近づいた。2人の影が重なって衣擦れの音がする。

何が起きたのかわからないリリアは立ち上がっておろおろしてしまった。

「お嬢様、少し離れたほうがよろしいです」

「エル、どうなっているの?」

一緒に部屋に入ってきたらしいエルに腕を引かれる。

「大丈夫ですよ。レイル様がウォルスター様の胸ぐらを掴んで威嚇しているだけですから」

「だ、大丈夫ではないと思うわ」

怒っているのはわかっていたが、暴力に出るのはいけない。

「お兄様、落ち着いて」

声をかけても2人の距離が開くことはなかった。

「リリアの力を知って都合よく利用する目的でここに来たなら今すぐ帰れ。俺たちは道具としてリリアを見るようなやつを婚約者と認めない」

「そんなつもりでは・・・」

「だったら、どんなつもりでここに来た」

怒鳴るわけではない。淡々とした口調で問いかけるレイルに、なぜ来たのかを説明できるはずのアルベルトは黙ってしまった。

「申し訳ありません」

静かな声が部屋に響いた。アルベルトの力のない声に、すべてを諦めたのがわかった。

2人の影が離れると、アルベルトに近づこうとしたリリアの腕を近づいてきたレイルが強く握った。

「戻るぞ」

「待って、お兄様」

止めようとしたが兄の力は強く、抵抗することもできずに部屋から連れ出されてしまう。

「もうあいつには関わるな。父さんに言って婚約も解消してもらう」

廊下を引きずられるように歩きながら兄の突然の言葉に驚く。

「そんな急に」

「自分がどういう状況に置かれたのかわかってないのか」

ぴたりと止まった兄がこちらを振り返った。

振り向いたのがわかったのは、レイルの姿がはっきり視えたからだ。全身を覆う魔力が怒りで揺れているのにも気づいたが、それを指摘することなく兄のはっきりとわかる表情を確認する。

レイルは魔術師になれる程の魔力を持っている。持っていながら敢えて魔術師を志すことをしなかった。実は魔力が強いこともあまり知られていない。

魔術師になることで、リリアの目のことや浄化の力が周囲に知られることがないようにという配慮なのだ。魔力の強い兄ならば妹も魔力が強いと思われて周囲を調べる人間がいるかもしれない。

警戒しすぎではと思うくらいに、リリアの家族はリリアを想い、レイルもまた力を隠し続けている。

魔術師としての選択肢を奪ってしまったと思うこともあったが、当の本人は全く気にしていなかった。むしろ妹を護れていることを誇りに思っている。

それがシスコンだと言われる所以でもあるのだろう。

だからこそアルベルトの行為が許せなかったようだ。

「お兄様、アルベルト様の事情も考慮してあげるべきだったと思うわ」

「公爵だから助けろと?」

「爵位の話ではなくて、アルベルト様の話よ」

「何が違う?身内が瀕死だから助けてくれと頼みに来たとしても同じだろう。結局リリアの力を頼りに来たことに変わりない」

「それはそうだけど、そうじゃなくて・・・」

レイルはリリアの力を借りようとしたこと自体に怒っている。だがリリアはアルベルトが葛藤しながらフラクトル家に来たことも感じ取っていた。だからこそ、兄のように突き放すことができなかったのだ。

「ここに来ないで神殿に行けばいいんだ。浄化師を手配してもらって浄化すれば終わりだ。たとえそれで周りに妙な噂を流されても、相手は公爵家だ。自分のことは自分で何とか出来るだろう」

公爵が倒れたことで、ウォルスター家に良くない感情を持っている人間は好機だと思うだろう。どんなことを言われるのかわからないが、たとえひどい噂が流されたとしても、公爵が回復すれば、噂の処理はすぐにできる。

リリアが動くことなどない。

レイルの怒りは未だに収まりがつかないようで、再びリリアを引っ張るようにして歩き出そうとした。

それを足に力を入れて踏ん張ると、レイルは眉間に皺を寄せて振り向いた。

「一度でも手を貸したら、前は手を貸してくれたから今回も大丈夫だと思ってまた協力しろと言ってくるぞ。そうやってずるずる頼られて利用されるのがわからないのか」

「お兄様の気持ちはわかっているわ」

ずっと守られてきたのだ。家族がどんな思いでリリアを支えてくれたのか自分なりに理解はしているし、感謝の気持ちもある。

「だからこそ、私はアルベルト様にも理解してほしいと思ってはいけないの?」

「どういう意味だ?」

アルベルトが葛藤しながらもリリアを頼ってしまった気持ちもわかる気がする。それでも超えてはいけない一線を踏み越えようとした彼に、もっとリリアの事情と気持ちを理解してほしいと思ったのだ。

ただ突き放すのではなく、どうして駄目なのか伝えれば、アルベルトはきっとわかってくれるだろう。婚約者になってまだ短いが、それでも彼の人となりをリリアなりに理解しているつもりだ。

リリアが返事をする前にレイルが乱入してきたため、公爵の対応を話すことが出来ないで終わってしまった。

「ちゃんと話をさせて。お互いに分かり合えれば今回のようなことはもうないと思うし、どうしてもアルベルト様が理解してくれないのなら、それなりの対応を取らなきゃいけないわ」

リリアの力の秘密をこのままにはできない。リリア1人では対処できないだろうから、父と魔術師団長に相談して協力をしてもらう必要はあるだろう。

「・・・そうか、リリなりにちゃんと考えているんだな」

表情が和らいだことで、先ほどまでの怒りが静まっていくのがわかった。視えるというのは便利なものだなとその時呑気に考えてしまった。

「アルベルトはもう帰ってしまっただろうな。謝るのは今度になるだろう」

冷静になったことで自分の行動を振り返ることができたらしい。怒りをぶつけたのは仕方がないことだったかもしれないが、胸倉を掴むのはやり過ぎたと反省し始めるレイル。

「とりあえずは、公爵様のことを解決するのが先ね」

「まさか力を貸すのか?」

一瞬頬が引きつったレイルだが、リリアは笑顔で否定した。

「私が今できることをしたいと思うの。浄化するだけが協力ではないから」

1つの考えが浮かんでいた。自分の浄化の力を使わず、神殿に申請しなくてもすむ方法。

「明日まで待ってもらわないといけないけれど、きっと上手くいくわ。そのための準備をしなくちゃ」

思いついた方法を実行するため、リリアはすぐに行動することにした。


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