夏の夜会
イズベルド王国には王家が主催する4大夜会が存在する。
国王主催の新年を祝う冬の夜会。王太子殿下または王位継承権第1位が主催する春の夜会。これは若い王族とこれから芽吹く新緑をイメージしているという。次に王太子妃または王位継承権第2位が主催する夏の夜会。ほとんどの貴族がこの時期は避暑のために領地に戻っているため、王都に残っている数少ない貴族たちだけを集めた小規模な夜会になる。そして、王妃主催の秋の夜会。この時は街で盛大な収穫祭が日中行われ、夜は城内で夜会が開かれる。
基本的に夏の夜会以外は貴族たちは必ず参加する。だが、リリア=フラクトルは17歳のデビューの時に行った冬の夜会以降、一度も夜会に参加することはなかった。
3か月ほど前兄に連れられて3年ぶりの夜会に参加したが、酔っぱらいに絡まれて終わってしまった。その時に黒騎士のアルベルト=ウォルスターが助けてくれたのだが、それをきっかけに2人は婚約者という立場になった。
彼は公爵の弟でもあるため人々から注目されることが多く、今回の婚約に関しても関心を持たれていた。
そのため、公爵夫人のメリーナから夏の夜会に参加するようにと指示が出たのだ。
「夏の夜会は領地に戻って避暑を楽しむ貴族が多いから、夜会自体は小規模になるわ。リリアさんのことを考えたら、今後夜会に参加することになった時の訓練としては一番適した夜会になると思うの」
人数も少ないので、目の不自由なリリアが人に揉まれる心配もないだろう。
春の夜会で兄から離れた隙に酔っぱらいに絡まれた経験を思い出すと、あまり行きたい場所ではなかったが、今回はアルベルトが一緒だ。婚約者から離れることはないようなのでそこの心配はしなくて済むという。
ということで急遽決まったはずの夜会参加だったが、なぜかドレスの準備ができていて、リリアは当日黙っていてもすべての支度が整えられた。
「絶対に夫人とお母様で事前に相談していたはずです」
馬車に揺られながら笑顔で送り出しただろう母のことを思い出していると、向かいに座っているアルベルトが小さく声を出して笑った。
「黒騎士は正装が決まっているから、準備らしい準備はいらなかったし、夜会に行けと言われてもあまり気にしていなかったな」
急に言われてもすぐに対応できる男性の衣装が羨ましい。特に騎士は正装が決められているので、騎士になった時点で準備されているようなものだ。新しく新調する必要がない。
黒騎士だけに黒い騎士正装に身を包んでいるのだろうが、細かい細工などはリリアにはわからない。
アルベルトは髪も黒いため、全身黒一色に見えてしまう。
顔の辺りに視線を向けると、恨めしそうに言ってみる。
「女性は夜会が終わると、次の夜会の準備をすぐにする人もいるくらいです。数日前に言われて準備できるほど簡単ではありませんよ」
「そうなると、婚約が決まった時点で夏の夜会に参加させることを考えていたことになるな」
メリーナに公爵邸に招待されて以降、母は手紙などで連絡を取っていたのだろう。
「参加する本人が何も知らないなんて、ずるいと思います」
頬を軽く膨らませると、アルベルトが今度ははっきり声を出して笑った。
婚約をした当初は考えられなかったが、今ではこれくらいの軽口を話せるくらいには2人の仲は良好に発展していた。
そっと左手の薬指に触れると、硬い感触が伝わってくる。
婚約を確実なものにすると決めたアルベルトが急遽宝飾店で買い求めた婚約指輪。
花の透かし模様という珍しい指輪ではあったが、贈ってくれた相手の髪や瞳の色と同じ宝石がなかったことで、婚約指輪としては微妙なところではあった。後日2人で同じ宝飾店に行き、指輪をアレンジすることに決めた。
4枚の花びらの花の中心にアルベルトの青い瞳に合わせた青い宝石を埋め込んでもらうことにしたのだ。
花は何個も連なって1つの輪になっているが、その中の3つの花に宝石をつけてもらうことにした。
本来は1つの大きな宝石がつけられているのが基本だが、花の大きさに合わせると小さな宝石しか付けられない。それに、宝石が飛び出すような形にするにはリリアは目が悪いため、どこにでもひっかけたりぶつけたりして傷つける可能性があった。そのため埋め込む形になったことでより小さな宝石を選ぶことになった。
あまりにも小さい宝石のため数で補うことにしたのだ。それでも婚約指輪と言うには、少し心もとないが、リリアにとってはこれがアルベルトから贈られた大切な婚約指輪になる。
指輪の感触を確かめていると、馬車の速度が落ちたことに気がついた。
「到着したようだな」
馬車が停まり扉が開けられて、アルベルトが先に降りて行く。リリアも降りようとして立ち上がり外に出ようと右手を馬車の外に出した。するとすぐにその手を掴まれた。
「ゆっくりでいい」
先に出たアルベルトに導かれるように馬車を降りる。彼のエスコートでの夜会は初めてだ。
夜会に行く前迎えに来てくれた彼に、兄と父からリリアのエスコートについていろいろと助言を受けていたようなので、彼が気を遣ってくれているのがよく分かる。途中兄の脅しているような愚痴といってもよさそうな言葉も聞こえた気がしたが、とりあえず聞かなかったことにしておいた。
「さて、ここからは社交界という名の戦場だ。決して私から離れないように」
腕を組んで歩き出しながら囁くようにアルベルトが言う。すでに戦闘態勢に切り替わったようで口調も変わっている。
「ご迷惑にならないように、できるだけ努力します」
貴族たちの集まる社交の場。表向きは華やかで平穏に見えても、裏では影口の応酬だと聞いている。相手が自分より弱いとわかれば一斉に言葉の矢が飛んでくるのは普通だとも。
今までは父や兄が家族として護ってくれていたが、今回は立場が変わり婚約者として護られるだけではいられない。周りはきっとリリアを見て自分より上か下かを探ってくるだろう。下手をすればアルベルトまで評価を下げられかねない。
どんなものが待ち受けているのか、期待と不安を抱えてリリアは夜会の会場へと足を踏み入れるのだった。




