魔力診断
イズベルド王国の貴族は10歳になると魔術師によって魔力の特性や魔力量を診断する義務がある。
そこで強い魔力や特殊な力を持っていると判断されれば、その後進む王立学園での魔術師コースや回復士コースに入る資格をもらえる。
フラクトル伯爵家の長男も10歳になり、魔力診断を受けることになった。本来は登城して魔術師団で鑑定するのだが、貴族の中にはお抱えの魔術師がいたり、懇意にしている魔術師がいる場合は屋敷に招いて鑑定してもらうこともある。
イグナスはフラクトル伯爵と友人関係にあり、伯爵家での魔力診断をすることになった。
「魔術師団長がわざわざ貴族の屋敷に赴いて魔力診断をするなんて、普通はないぞ」
伯爵家に到着して案内されながら言うと、先を歩くオルファは軽く笑っているだけだった。強面の顔が笑うと余計な迫力が追加されてしまうなと内心思うだけにしておいた。
イグナスも忙しい身だ。それでも友人の息子の鑑定を他の魔術師に押し付けることはしたくなかった。
「客間に息子がいるから、そこでやってほしい。立ち合いは俺がする」
「わかった」
魔力診断は必ず立ち合い人が必要だ。初めての魔力診断に魔術師と2人では子供が不安になる可能性を考慮してのことだ。基本的に親が立ち会うことが多い。フラクトル家もオルファが立ち合い人をすることにしたようだ。
客間に通されると、部屋の中には2人の子供がソファに並んで座っていた。男の子が長男のレイルだろう。その隣にいる小さな女の子は長女のリリアだ。レイルとは屋敷に来た時に何度か顔を合わせていたが、リリアは生まれた時に出産祝いを渡して顔を見て以来だったため、随分と大きくなったなと思った。
目が不自由で知り合いの浄化師の診察を受けていると聞いていた。
ぼんやりとした視界では、イグナスを見ることはできない。視線が別の方向を捉えていても気にしないでほしいと説明されていた。
そんなリリアだったが、なぜかじっとこちらに視線を向けてきていた。
特にそれを気にすることなく近づいていくと、少女が大きく体を震わせて隣の兄にしがみ付いた。
「リリ?」
挨拶をしようと思ったのかソファから立ち上がったレイルが、しがみ付いてくる妹を見下ろして不思議そうに首を傾げる。
「初めて会う人に驚いているのかもしれないな」
オルファは娘の行動にそう結論付けて、魔力診断を始めてほしいと言ってきた。
「レイル=フラクトル。今から君の魔力の診断を行う」
そう宣言して近づいていくとレイルに手を差し出した。
鑑定をするために魔力を手のひらに集める。集められた魔力をレイルの体に流すことで、彼の魔力の性質と量を調べていくのだ。
差し出された手にレリルが手を伸ばそうとした瞬間、しがみ付いていたリリアが目を見開いて引きつった声を漏らした。
「い、いやぁぁぁ」
悲鳴にも似た声とともにリリアが突如大泣きする。
驚いたのはイグナスだけではなかった。隣にいるレイルは慌てたように妹を宥め始め、オルファも何が起きたのかわからずに駆け寄ってきた。
家族に声をかけられて肩や背中を擦られても、リリアは泣き止むことなく声を上げ続ける。
やがて騒ぎを聞きつけたサラと使用人が部屋に駆け込んできた。
全員はリリアを泣き止ませようとするが、堰を切ったようになく子供を落ち着かせることはできなかった。
「イグナス。すまないが今日は中止してくれ」
泣き続ける娘に困った顔をしながらオルファが告げてきた。
「これは仕方がないな」
泣き出した子供をなだめる方法をイグナスは知らない。彼は結婚もしていないし子供もいない。ここは親に任せるしかない。
すぐに退散すべきと考えて見送りを断って部屋を出ると、途端にあんなに喚くように泣いていたリリアの泣き声が止まった。
「え?」
廊下に出たイグナスは驚いて部屋の中をのぞいた。
すると大人たちに囲まれてぐずぐずと鼻を鳴らしながら涙をこぼしているが、少し落ち着いた少女が見えた。周りがほっとしている様子にイグナスも安心して肩の力を抜く。気づかないうちに体に力が入っていたらしい。
このまま落ち着けば魔力診断を続行できるのではないか。そう思い様子を見ていると、リリアが顔を上げてこちらを見た。
目が合った。確信が持てるほどまっすぐにイグナスを見ていた。
そんなはずはない。あの子は弱視だと聞いている。
頭の中が混乱して見つめ返していると、泣き止んだはずの少女が再び大泣きしだした。再び大人たちが慌てる。
イグナスはその場を動くことができなかった。
見えないはずの自分をまっすぐにとらえたリリア。
そして自分を見て泣いている。彼女が泣いている理由はイグナスなのだと納得してしまった。
その後、やはり泣き止むことのないリリアが泣き疲れて眠るまでフラクトル家は騒がしい1日となった。イグナスは自分がどうやって帰ったのかあまり覚えていなかった。気が付いた時には魔術師団の師団長室にいて、呆然と椅子に座っていた。
「あの子、何かあるな」
リリア=フラクトル。まだ5歳の少女で、目が不自由だという情報しか知らない。
「調べたほうが良さそうだな」
自分を見て大泣きした少女は、きっと本人もまだ理解していない何かを抱えているような気がした。
とにかく調べる必要がある。できることなら彼女が魔力診断を受ける前までに謎を解いておいた方がいいだろう。
使命感を抱いたイグナスは、すぐにオルファにこのことを相談し、何度もリリアとの面会を経て、時には泣かれながらもリリアの力と不思議な目のことを知っていくことになった。
それによって隠すことを判断したフラクトル家の意思を尊重して協力するとともに、せっかく与えられた浄化の力をどこかで使えないかと考えて、魔術師団の中でも師団長と副師団長だけが知っている隠された存在となっていった。
浄化師としての力をつけたリリアを彼らはこう呼ぶようになった。
仮面の聖女と。




