秘密
「アルベルト様が?」
家族で夕食を取る時間になって、急にアルベルトが訪問したことを告げられた。
前にもこんなことがあったと思い出すと同時に、また遠征に行くのではないかという考えがよぎった。
彼は負傷して戻ってきたため、しばらくウォルスター公爵邸で休養をすることになったという。またすぐに遠征に行くとは思えない。そう考えなおして玄関へ向かった。
「遅い時間に約束もなくすまない」
「いいえ、今日はどうされました?」
話があるようだったので、前回と同じようにすぐ近くの談話室へと促した。
椅子に座るなり彼が謝ってきたので、リリアは彼がここへ来た理由を聞いた。
「こんな時間に来るのですから、何か大事なお話ですよね」
「そうだな」
尋ねた瞬間、彼の雰囲気が変わった気がした。どこか緊張していて、挑むような気配に自然とリリアも体に力が入る。
「できれば、2人だけで話したい」
この部屋には侍女のエルもいた。彼女は扉を開けた状態で部屋の入り口に黙って立っている。
「リリア嬢に何かしようというわけじゃない。信じてはもらえないか」
「婚約者様とはいえ、結婚前のお嬢様を男性と2人きりにすることは旦那様が許さないかと」
婚約の許しはもらえていたが、密室の空間に男女がいることを父のオルファは快く思わないだろう。
アルベルトに迷いの気配を感じ、リリアは部屋の入り口を振り返った。
「エル、少しの時間だけ外してくれないかしら」
「ですが・・・」
「2人だけで話すべきことのようだから」
アルベルトが何を話そうとしているのかはわからないが、エルがいては話せないことらしい。このままではいつまでも話が進まない。
「・・・わかりました。何かあればすぐにお呼びください」
状況を見極めてエルが退いてくれる。扉が閉まる音を聞き、2人だけになった談話室でアルベルトに向かい合った。
「お話というのは?」
「魔術師団長のイグナス=ウィンターを知っているね」
「お父様の親友です。時々顔を見せに来てくれますから、面識は十分にあります」
突然の質問に首を傾げる。
「彼のところに話を聞きに行ったんだ」
彼の言いたいことがわからず、黙って話の続きを促した。
「遠征先で負傷したとき、魔術師団長が浄化師を手配してくれた」
胸の奥がざわついた。彼はこの先何を言うつもりだろう。
「おぼろげな記憶ではあってけれど、浄化師を見た覚えはある」
目が合ったのは一瞬だった。わずかな微笑みにほっとしたのを覚えている。わずかな時間だったし、仮面も付けている。相手が誰であるかなどわかるはずがない。そう思っているのに、微かに手が震えるのを止められなかった。
「あれが誰なのか、魔術師団長に聞いてみた」
「・・・イグナスおじ様はなんて答えました」
「あの浄化師は魔術師団でも秘密の存在になっている特別な浄化師だから、何も教えられないと言われた。それに、部下たちにも浄化師の話をしないように釘を刺していた」
「でしたら、誰なのかわかりませんね」
ほっとするのと同時に寂しさも感じてしまう。矛盾した感情を隠しているとアルベルトが続きを話した。
「どうして俺がここでこの話をしているのか、リリア嬢ならわかると思うんだが」
「え?」
その言葉に何も言えなくなった。人払いをして2人だけで話している現状。魔術師団長に浄化師の存在を確認していること。彼は確信を持っているように思えた。
笑って受け流せばいいのかもしれない。そんなことをしてもすべて見透かされている気もして、言葉が思い浮かばなかった。
リリアが戸惑っている間に、アルベルトは先を話していく。
「魔術師団長が何も答えてくれないのを承知で質問をしてみた」
追い詰められている。鼓動が激しい音を立てているのを聞きながらリリアは黙って彼の言葉を待った。
「あの浄化師は私の婚約者ですね。と」
息を飲むことしかできなかった。どうしてわかったのだろう。あの一瞬で見破られるような失態は侵していない。その後に会ったときも、浄化に関する話はしなかった。あれがリリアだと気が付く要素はどこにもなかったはずだ。
泣きそうな気持ちを堪えている間にアルベルトの言葉は続いていく。
「明言は避けていたが、あれが君であることは確信できたよ」
イグナスは浄化師がリリアだとは言わなかった。それでもアルベルトはすでに確信を持っていた。
何と言っていいのかわからない。
自分の力のことがばれたのだ。自分から打ち明けるよりも先に、あの一瞬の時間で見分けてしまった。
「・・・どうするおつもりですか?」
静かな時間が流れた。
彼の考えがわからない。沈黙を破るように声を出すと、思っていた以上に声が小さかった。
こんな風に浄化の力がばれたことがないため、どう対応したらいいのかもわからない。頭が混乱する中、アルベルトが立ち上がったのがわかった。
びくりと肩が大きく跳ねる。エルを呼ぶべきだろうか。迷っている間に近づいてきた彼が隣に立った気配を感じて見上げる。
ぼんやりとした黒色がすっと小さくなり、座ったままのリリアの視線と高さが合った。彼が体勢を低くしたのだと気が付くのに少し時間がかかってしまった。その間にリリアは左手を優しく持ち上げられてしまった。体が反応して大きく揺れてしまうが、彼は構うことなく左手を引き寄せた。
「アルベルト様」
振り払うこともできず戸惑いの声を上げるが、彼は無言のままリリアの指に触れると、薬指に硬い物が当たる感触があった。
「え?」
戸惑う声とは別に、彼の優しい声が聞こえてきた。
「婚約指輪を贈るのを忘れていた」
「へ?」
変な声が出たが、構うことなくアルベルトが続ける。
「お互いを知るための仮の婚約はもう十分だと思う。俺は正式な婚約をしたいと思っている」
何を言われたのかすぐには理解できなかった。
仮の婚約が終わり、正式な婚約をしたいと言っている。誰が誰と?
左手が離され、違和感のある薬指に触れてみると、硬い感触がやはりあった。
「急いで準備したんだが、気に入らないようなら今度一緒に選びに行ってもいい」
指輪の感触を確かめていると、アルベルトが不安そうな声でしどろもどろになっていく。
「宝石がついている方がよかっただろうか?指輪選びなどしたことがなくて、シンプルなデザインの中から選んでみたんだが」
婚約指輪の場合、贈った男性の髪や瞳の色に近い宝石を選ぶと聞いたことがある。アルベルトならば黒髪に青い瞳なので、青の宝石を選ぶはずだが、彼にそんな知識はなかったのだろう。宝石のないシンプルな金の指輪のようだ。だが、触ってみると凹凸を感じる。つるりとした指輪ではなく、何かのデザインはされているようだ。
「フラワーモチーフの透かしのリングだとか。透かしのリングは作れる職人が少ないらしく、数もあまりないとかで貴重だと店員が言っていた」
どうやら珍しいリングということで勧められるままに選んだようだ。返事をしないリリアに対して、だんだん言い訳のようになってくるアルベルトの説明が可笑しくなってきた。
「アルベルト様。婚約指輪は普通相手の髪や瞳の色と同じ宝石をつけるものですよ。アルベルト様だと青い宝石をはめ込んでいないと、婚約指輪だと周りが判断できません」
「そ、そうなのか。やはり新しい物を買った方が良さそうだな」
「それに、公爵家の人間なら、指輪はオーダーメイドが基本だと思います」
下級貴族ならば、すでに作られた中から好みの指輪を選ぶだろう。だが、アルベルトはウォルスター公爵家の人間だ。上級貴族なら、自分の好みのデザインを店側に伝えて、他にはないオリジナルを作らせることが多い。
「・・・・・」
アクセサリーの知識は本当になかったのだろう。それに、店で買い求めるくらいには急いでいたことも察することができた。義姉のメリーナなら相談すれば応じてくれただろうが、それすらも忘れていたようだ。
そう考えると、なんだか心が温かくなるのを感じた。
「でも、どうして」
無言になった彼は落ち込んでいるような気がした。ぼんやりとした視界では彼の表情は見えない。
それでもリリアは問わずにはいられなかった。彼女の能力を知ってなお婚約を勧めたいというのにはどういう意図があるのだろう。
「・・・・は、駄目なのか」
「え?」
小さな声で聞き取れなかった。聞き返すように首を傾げると、彼の戸惑うような声が聞こえてきた。
「君を好きだという理由では駄目なのか」
予想していなかった答えに目を瞬かせる。刹那顔に熱が一気に集まるのを感じた。
「どんな力があるとか関係なく、好きな人と婚約を続けるのは問題ないと思うが」
「わ、私の力に利用価値があるとか、そういう考えは」
「ああ、そういう考えをする人間は確かにいるだろうな」
熱くなった頬を両手で押さえながら聞き返すと、アルベルトは何でもないように言い返してきた。
「ずっと秘密にしてきたことを暴露でもしたら、魔術師団に消される可能性の方が大きいし、その前に伯爵と戦う羽目になる」
盛大なため息をつかれて、本気でそう思っているのだと理解した。公爵家の人間とは言え、魔術師団や元第3騎士団長のオルファを敵に回したくないのだろう。
もう一度指輪に触れてみた。これは彼の本気を表しているのだ。そう考えるとしっかり返事をする必要があると思った。
力の有無に関係なく、アルベルト=ウォルスターはリリア=フラクトルを見てくれている。
それが何よりも嬉しいことなのだと知ることができた。
「この指輪、大切にします」
指輪に触れながら受け取る意思を示す。
「受け取ってくれるのか」
「はい」
上手く微笑むことができたかわからない。震える声は涙声になってしまっていた。
「ありがとう」
優しい声が聞こえる。気が付いた時にはリリアはアルベルトに抱きしめられていた。
「アルベルト様」
「ちゃんとした婚約指輪は後日店に一緒に行こう。最初からオーダーし直さないと」
すぐ近くで聞こえる声にドキドキしながら、指輪選びに失敗したと思っているアルベルトに首を振って否定した。
「これはアルベルト様が私のために選んでくださった婚約指輪なのでしょう?」
「それは、そうなんだが・・・」
不安そうな声に、リリアは努めて明るい声で言った。
「でしたらこれはアルベルト様から贈られた、私の指輪です。大切にします」
左手をそっと右手で隠すようにして、返すつもりがないことを示す。
「そうなると、俺の正式な婚約の話も受け入れてくれるということになるのか?」
少し混乱したようで、自分に言い聞かせるように彼が言う。それを肯定するように強く頷いてから口を開いた。
「はい。正式な婚約の申し出、お受けいたします」
場が静寂に包まれた。しばらく待っていると、先ほどより強く抱きしめられた。驚いて身を固くしたリリアだったが、彼のしっかりとした体に安心感を覚えて強張った体を解いていく。身をゆだねるように寄りかかれば、しっかりと支えてくれた。
「アルベルト、様」
恐る恐る顔を上げて名前を呼ぶと、すぐ近くに彼の顔があるのがわかる。
「正直、断わられることも覚悟していた」
落ち着いた声が聞こえてきて、視線を下に戻す。秘密を知られてどうするべきか混乱したし、彼がどんな反応をするのかもわからなくて不安だった。
だが、アルベルトは想像をはるかに超えた答えを持ってきてくれた。
「断っていたら、私の秘密を誰かに言いました?」
「それはない。助けてくれた恩人を傷つけるようなことはしたくない。それに、魔術師団長が黙っていないだろう」
さっきも消される宣言をしていたが、本気でそう思っているのだろう。
「秘密を共有する人が増えました」
「他にも知っている人間はいるのか」
「家族や親族以外にも数人だけ」
ずっと彼らに守られて生きてきた。目が悪いのを理由に屋敷に引きこもった。縁談はいくつかあったが、すべてがリリアにとって不利な条件ばかりで、自分は一生結婚できないだろうとその時に覚悟したのだ。秘密を抱え、目が悪いことを理由にひっそりと生きて行こうと。
アルベルトとの婚約は仮初と言っていい。いつかは婚約破棄されると思っていたから、一時の婚約という体験を楽しもうと思うことにしたのだ。
それが正式な婚約をすることになり、彼はリリアの秘密を受け入れてくれた。
「リリア」
そっと呼ばれた名前に顔を上げると、目の前に彼の顔がある。お互いの息が近い。
目を閉じると唇に触れるものがあった。離れた気配に目を開ければ、見えないにも拘わらず、アルベルトが至近距離で笑っているのがわかった。
顔に熱を感じながらもリリアも笑い返すと、もう一度近づいてくる気配に幸せを感じながら目を閉じた。




