帰り道
「そこで何している!」
それは突然だった。大きな音とともにレイルが大声を出して部屋に入ってくる。
もう一度キスをしようとしていたアルベルトは勢いよく顔を離した。
大きな音が扉を勢いよく開けた音だと気が付いた時には、リリアはアルベルトから引きはがされ、レイルの腕の中に収まっていた。
「お、お兄様」
驚いている妹を無視して、レイルの怒りに満ちた声が響く。
「貴様、誰もいないことをいいことに手を出すとはどういうつもりだ。婚約はしぶしぶ認めたが、こんなことしていいとは許可してない」
「お兄様、落ち着いて」
今にもガオォォと吠えそうな兄の腕を叩きながら宥めているリリアだが、まったく通じていないようで余計に腕の中に抱えられている。
どうしたものかと苦笑していると鋭く睨まれる。しょうがないなと思い観念したようなため息をついてしまう。
「今日はもう帰ります。約束もなく急に来たのはこちらですから」
「それならお見送りを」
そう言ってレイルの腕から抜け出そうとしたリリアだが、離してくれる気がまったくないようでしばらくもがいてから諦めたように項垂れていた。
「見送りなどいらん」
はっきりとした声が響く。困った顔で兄を見上げるリリアが可愛く思えたが、それを顔に出すことなく冷静な態度で口を開いた。
「リリア嬢」
名前を呼ばれてこちらに視線が向く。すぐそばまで行くとそっと左手を取った。別れの挨拶をしなくてはいけない。
「また会いに来ます」
「お待ちしています」
手の甲に触れないキスをするのが礼儀だが、持ち上げた左手に光る指輪が視界に入ると、アルベルトはそっと指輪にキスを落とした。
「あっ」
キスされたのだとわかったのだろう。目を見開いて声を出したリリアだったが、それ以上言葉を紡ぐ前に、手を放して距離を取った。するとレイルの顔が明らかに引きつっていた。
視線だけで何をしているんだと訴えてくるのがわかったが、それを無視して部屋を出た。
「アルベルト様」
そのまま玄関を出ようとすると予想外に声が聞こえてきて、振り返ると兄の腕から抜け出せたリリアが追いかけてきていた。伸ばされた手がアルベルトの頬に触れようとしたので、彼女も挨拶をしたいのだとわかった。しかしそれは敢えて断ることにした。
「このまま帰るよ。これ以上は帰り道が危険な気がするし」
意味がわからなかったのだろう。首を傾げるリリアの後ろで、部屋から顔だけを出して睨んでくるレイルがいることに気が付いていた。
これ以上ややこしいことになるとお互いに困るだろう。いや、アルベルトだけが困る可能性が大かもしれない。とにかくこれ以上の触れ合いは危険だと判断してそのまま玄関を抜けることにした。
玄関先に馬車は止められていない。城を出て宝石店に寄り道することを考えて、馬車や馬に頼らず歩いてここまで来ていた。当然帰りも歩きになってしまう。
それでもここへ来た時の緊張と不安は、今はどこにもない。
あるのは穏やかな幸せを噛みしめた気持ちだけだ。
「よかった」
婚約破棄になるかもしれない。秘密を知られて動揺するリリアが逃げればアルベルトは追うことはできなかっただろう。彼女はずっと周りに守られて生きてきた。手を伸ばしても振り返ることさえしてくれない状況になったかもしれない。
受け入れてくれたことにほっとしながら、静かな道を温かな気持ちで歩いていくのだった。




