いつか笑顔を
「今日は楽しそうでしたね」
屋敷に戻って来たリリアは着替えを済ませると、ベッドに腰掛けて軽く息を整えた。久しぶりに会えたアルベルトは元気そうで、怪我をした左腕に違和感もないようだった。
浄化はしたものの、意識を取り戻してからの体の状態を確かめてあげることができなかったので、そこは気にしていた。
浄化によって完全に魔気は体から消えていた。大丈夫だとわかっていても確認できたのは良かった。それに、また一緒に出掛ける約束もできたのは嬉しいことだった。今度は自分が選んだ場所に行くことになるだろう。
帰り際彼の気配が変わったような気がしたが、詳しく追及することもできず馬車に乗りこんでしまった。
「行きたい場所を考えておかないと」
出かけることが少ないリリアには行きたい場所よりも、行ったことのない場所の方が多い。
「演奏会はどうしますか?」
メリーナから聞いた演奏会に出かけることも考えている。兄のおすすめの演奏家の講演会もあるというし、近々出かけるのであればそれもいいだろう。
「そういえば、アルベルト様は音楽に関心があるのかしら?」
その確認をしていなかった。演奏会に行きたいと言って、彼が興味を持っていなかったら楽しめないだろう。
「演奏会は一旦保留にしておいた方がいいかも」
演奏会に興味があるか確認してから誘った方がいいかもしれない。
次に出かけた時に聞いてみよう。
そう考えると、次に出かける場所をもう一度考え直さなければいけなくなった。
「もう一度街歩きになりそうね」
前回とは違う場所に行きたい。
「どこがいいかしらね?」
出かけるならば店を見て回るのもいいが、どこかの店でゆっくり食事をしながら会話をするのもいいだろう。話したいことがあるというのは嬉しいものだ。最初の頃は何を話したらいいのかわからなくて、戸惑うことの方が多かったことを思い出す。
まだ数えるほどしか会っていないというのに、彼と一緒にいる安心感が芽生えていることに気が付いた。
それと同時に自分達はまだお試しのような婚約者だったことも思い出す。
本当の婚約者になれたら、もっと楽しいことが増えるのだろうか。そう考えると同時に、自分が秘密にしていることを打ち明けることができるかと思ってしまった。
浄化の力を持っていて、魔力を視ることのできる目。明らかに人と違うリリアをアルベルトがどう受け止めるのか。ふとそんなことが頭をよぎった。
浄化の力を持つ浄化師は、神殿で神官をしている者が多い。魔術師や回復士に比べると数が少ない貴重な存在だ。だが、リリアはそれ以外に普通の視力が弱く、魔力ははっきりと視ることのできる特殊な目を持っている。
そのことに最初に気が付いたのは、魔術師団長のイグナスだった。
彼は浄化師として神官になる道があることを教えてくれたが、決して強引に勧めることはしなかった。
浄化師になれば、いろいろな相談や仕事に対応しなければいけなくなる。だが、リリアは目が悪い。神官としての仕事をこなせるとは思えなかった。
イグナスは何度か父と相談をしていたようで、目の不自由な令嬢としてフラクトル家に留めておくことも提案してくれた。その代わり、せっかく授かった力をそのままにするのはもったいないとも考えていた。
そこで浄化師としての力を非公式に訓練し、どうしても力が必要な時にリリアの力を貸してもらうという密かな約束がなされた。
それ以外にも魔力が見える不思議な目は注目を浴びる可能性が高かった。公表すればリリアを利用としようとする輩が現れないとも限らない。そうやってリリアは浄化師と魔力が視える目という2つの秘密を抱えることになった。
秘密をアルベルトが知った時、どんな反応するのか予想できない。
「お嬢様?」
「あ、うん。なんでもないわ」
急に黙り込んでしまったことを心配したエルが声をかけてくれたことで我に返ったリリアは、ベッドに倒れ込んだ。
「行ってみたい場所。どこがいいかしらね」
言葉とは別に頭の中は自分の秘密をアルベルトに打ち明けられるかという答えを探していた。
浄化師も回復士も魔術師と同様に魔力を使って回復や浄化を行う。魔力の基本は一緒なのだ。そのため魔力に関しての勉強はイグナスから教わることがほとんどだった。
それ以外にも母方の祖母や母の妹も魔女なので時々会うと魔法のことをいろいろと教えてくれた。
勉強と実践を繰り返していくと、リリアはめきめきとその力を開花させていった。
イグナスが言うには、神殿にいる大神官並みの力は身についているという。大神官に会ったことがなかったので比べる対象がよくわからなかったが、それでもリリア自身それなりの浄化の力はあると自覚している。
強い浄化の力を持っていることを知ったら、アルベルトはどんな反応するだろう。
あまりの力の強さに身を引こうとするだろうか。利用価値があると思って婚約を継続することを考えるかもしれない。
自分を護ってくれている人たちと同じ立場でいてくれるだろうか。隣に寄り添ってくれる存在になってくれるのか。
最後の考えが一番なのはわかっているが、他の考えを消してくれるほどリリアには自信が持てない。
浄化をした時、わずかだがアルベルトが意識を取り戻した。リリアだとは認識していなかったが、あの時の彼はまだ体がつらいはずなのに、視線が合った瞬間力なく微笑んだ。仮面を通して初めてしっかり見た微笑み。
心からの笑顔はまだ見ていないが、いつか見てみたいと思ってしまう。
それを叶えるためには、リリアが抱えている秘密を話さなければいけない。
堂々巡りをしていることに気が付くと、考えることをやめた。
「いつか、話せる日が来るといいな」
今はそれしかない。静かな呟きはエルに聞こえることなく消えていった。




