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目の不自由な令嬢は仮面の聖女となる  作者: ハナショウブ
秘密の浄化師
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特別な浄化師

到着したのはそれほど大きくない街だった。草原の中に街全体を囲う高い壁があるが、出入り口で検問をしているわけではないので、すんなり入ることができた。この壁は人間を防ぐのではなく魔物から護るための壁だ。夜には門が閉まってしまうので、街の中には日中に入っておかなければならない。

「移動魔法を使ったが、体は大丈夫か?」

「平気です」

イグナスの説明を受けて、リリアはすぐに出発の準備をした。伯爵令嬢が着るには安すぎる服へと着替え、庶民の中に混ざってもわからない格好をしている。髪は後ろで1つにまとめ、焦げ茶色のローブを羽織ると、顔が隠れてしまいそうな大きなフードを被っている。

王都から馬車移動では時間がかかりすぎることを考慮して、イグナスの移動魔法で合流地まで飛ぶことになった。さすがは魔術師団長の魔法。特に体に負担がかかることもなく、一瞬にして街の近くまで移動することができた。街の中に急に移動すると周りに迷惑がかかるし驚かせることになるため、少し離れた場所にしたのだ。そこから歩いて街の中へと入ってきた。

「小さい街ではあるが、物資や旅人の主な通り道にあるから人は多い」

リリアにとっては初めてくる場所だが、イグナスは何度か来ているようだ。そうでなければ移動魔法を使うことはできない。移動魔法は術者が一度でも行ったことがあり、はっきりと場所を覚えていなければ行くことができないという条件がある。

「待ち合わせの場所は?」

「いつも使う宿がある」

建物の指定もしてあったようだ。人が多い中を探す必要はない。

「彼らは馬車移動のはずだから、もう一つある出入り口からくるだろう」

この街にはリリアたちが通ってきた旅人が出入りする場所と、馬車専用の出入り口がある。彼らはアルベルトを運ぶため馬車を使ってくるはずだ。

「こっちだ」

前に立つイグナスについて行くと、レンガ作りの建物に辿り着いた。

中に入ってイグナスが慣れた動きでカウンターへ近づいていく。黙って後を追いかけていくと、店主と思われる中年の男性に声をかけていた。

「仲間と合流予定なんだが」

イグナスが名前を言うと、店主は心得たように2階へとつながる階段を示した。

「お客さんならもう到着しているよ。2階の一番奥の部屋だ」

「ありがとう」

礼を言って振り返った彼に、リリアは緊張した声を上げた。

「到着しているのですね」

「急ごう」

促されるまま階段を上がり、廊下を進んでいく。すると見慣れた人物が扉の前に立っていた。

リリアは唇に力を込める。ここから先は口を開いてはいけない。

「フィル」

「師団長」

イグナスが声をかけると、振り返ったフィルがほっとしたような表情を浮かべた。その後彼の後ろにいるリリアに視線を向けて驚いた顔をする。

「彼女を連れてきたんですか」

「時間がなかったからな。緊急には彼女が一番いい」

リリアは軽く会釈をするだけにした。副師団長のフィルは、リリアの秘密を知っているが、ここで下手に話をしたくなかった。

「彼は中か?」

「ベッドに寝かせています。浄化師がずっと浄化魔法を繰り返していましたが、魔力が尽きて倒れました。隣の部屋で休ませています」

浄化師の限界を超えてしまったらしい。魔力が尽きれば浄化はできなくなる。そうなればアルベルトの中に入ったままの魔気が暴れ出して、彼の体を蝕み始めるだろう。その末路はそのまま命を落とすか、魔物化するかの2つしかない。

今は浄化の効力が利いているのか安定しているらしいが、それがいつ悪化するのかわからない状態だ。

「君しか頼る者がいない」

振り返ったイグナスの真剣な表情に、リリアは顔に手を当てて頷いた。頬に当たるはずの手のひらは硬い感触を捉える。

王都を出てからずっと彼女の顔には仮面が付けられていた。リリアの部屋のドレッサーの引き出しに大事にしまわれている特別な物だ。

口元だけが見える仮面はリリアの表情を隠してしまっている。これはイグナスの魔力が込められた特製だ。なんの表情も表現されていない真っ白な仮面は、リリアの表情と感情を隠してしまっている。

魔力を視ることのできるリリアだからこその仮面。

込められている魔力によって、リリアは今はっきりと周囲を視ることができている。

「部屋の中には他に同行した2名の黒騎士もいます」

「まずは彼らを部屋から出す」

「わかりました」

イグナスの指示でフィルが部屋の扉を開けた。

フィルが先に入るとイグナスに続いてリリアも部屋へと入った。

足を踏み入れた瞬間、部屋の中に籠っていた空気に肩が揺れる。

魔気が部屋の中を僅かに漂っているのがわかった。まだ薄い気配程度なのですぐに体への影響は出ないだろうが、長時間さらされていると体調に異変が出そうだ。

さり気なくフードの隙間から部屋の中を窺うと、ベッドのすぐそばにいた黒騎士の制服を着た女性がこちらへと近づいてきた。

だがすぐにフィルが間に入る。

「その人が新しい浄化師でしょう。早く浄化をしてもらわないと」

「焦るな。彼女に浄化をしてもらいたいなら、皆部屋から出るのが条件だ」

フィルの言葉に、一瞬何を言われたのかわからなかったのか、女性が首を傾げる。

「ここにいては駄目なの?」

「彼女は魔術師団所属の特別な浄化師だ。あまり力を使っているところを見せたくない」

イグナスが言うと、女性は覗き込むようにこちらを見てこようとした。すかさずフィルが庇うように立ち塞がる。

「急いでいるんだろう。部屋を出て待機してなさい」

リリアのことが信用できないのか、女性は渋い顔をしてその場に留まっていたが、やがてもう一人の黒騎士に肩を叩かれて大人しく出ていってくれた。

それを確認してからフィルも部屋を出ていく。彼は扉の前に立って他の者が侵入してこないようにするつもりのようだ。

「始めてくれ」

イグナスに言われてベッドに近づくとリリアは息を飲んだ。

魔気に侵食されているせいか、意識のないアルベルトの左腕が黒く変色してきていた。

かなり危険な状態だと判断し、リリアはイグナスにも部屋を出てほしいと小声で言った。

「部屋の中にもわずかに魔気があります。すべて浄化しますので、一度部屋を出てください」

「・・・わかった。無理だけはしないように」

それだけ言い残して彼はすぐに部屋を出ていった。

改めてアルベルトを見つめたリリアは、そっと彼の腕に手を伸ばした。触れるかどうかというところで手を止める。ゆっくりと腕から肩へと動かしていきながら魔気の侵食具合を確かめた。腕全体に広がっているようだが、肩から先へはまだ侵食がない。

そのことにほっとすると同時に、わずかに浄化の力も感じてリリアは視線だけをアルベルトの胸元へと向けた。

服で隠れていて見えなかったが、彼の胸にはリリアが預けたペンダントがあるようだ。

あれにはリリアの浄化の力が込められているのだ。祖母からの贈り物でお守りだと話していたが、祖母は魔女なので、浄化の力は持っていない。だからといって自分が作ったとは言えなかったため、浄化の力を宿していることは秘密にしていた。今回のような事故でも起きない限り力が発動することはないし、何事もなく戻ってくるのならそれでいいと思って、無事を願って預けただけだった。

それがここで役に立つことになるとは。

腕以外に魔気が今のところ体に広がっていないのは、浄化師が食い止めてくれた以外に、ペンダントを身に着けていたからだろう。わずかな力でも、魔気の侵食を防ぐことはできていた。

「始めましょう」

呟きに反応する者はいない。アルベルトは完全に意識を失っている。それをもう一度確認してから、リリアはそっと魔気に侵食された彼の腕を持ち上げた。

意識と魔力を集中させる。リリアの手のひらに淡い光が集まり出すと、それをアルベルトの腕へと流し込んでいく。

彼の腕が少しずつ光に包まれていくのを確認しながら、同時に黒く変色した部分が薄らいでいき、黒い靄のようになって空気中に漂って出てきた。その靄も、リリアの手のひらから漏れた浄化の光が包み込んで消していく。

より深く浄化の光が腕に浸透していくのを想像して力を注いでいった。

しばらく腕全体を覆うように浄化の力を注いだリリアは、彼の腕と空気中から魔気が完全に消えたことに気づいた。

力を注ぐのをやめると、纏っていた光が収縮していき、アルベルトの腕が正常な肌の色に戻っていることを確認する。

腕の奥深くまで入り込んでいた魔気を綺麗に浄化できたようだ。荒い呼吸を繰り返していた彼の呼吸も落ち着いていて、今は規則正しい呼吸をしている。そのことにほっとすると、彼の瞼がわずかに震えたのがわかった。

「あっ」

ゆっくりと開かれていく瞼に声が漏れてしまったが、すぐに口元を手で覆う。

こんなところにリリアがいるなんて彼は思いもしないのだろう。

今は仮面で顔を覆っているし、ローブが体を隠してくれている。誰なのかわかるはずがない。

緊張しながらも様子を窺っていると、彼がぼんやりとした状態でこちらを見てきた。

視線が合った。

初めて見るアルベルトの青い瞳に意識が吸い込まれる気がした。

ふと彼が口元を緩ませる。状況をわかっていないだろうが、どこか落ち着いた穏やかな表情に、不思議とこちらまで落ち着いた。

そっと彼の手に触れると、自然と笑みが零れた。

もう大丈夫だと視線だけで訴えると、彼はそっと瞼を閉じて、再び意識を失った。

「お帰りをお待ちしています」

腕をそっと撫でで囁くと、リリアはそれ以上何も言わずに部屋を出ていった。


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