魔気の侵食
体が熱くて意識がはっきりとしない。
ふわふわとした感覚の中、近くで誰かが話しているのが聞こえる。
「どうして完全な浄化ができないの」
「魔気が奥深くに入り込みすぎて、私の力では取り除ききれないのです」
「あなた浄化師でしょう。何とかしなさいよ」
聞き覚えのある声に視線だけを動かすと、すぐ横でミライヤが怒りをぶつけるように目の前にいる白いローブの青年に怒鳴っていた。青年は気圧されたように体をのけ反らせながらも説明している。
「私はまだ新人で、今回の遠征は経験を積むために派遣されただけなのです」
「それでも浄化師なら、ちゃんと魔気を浄化しなさい」
「ですから・・・」
たじろぐ青年は浄化の力を持った浄化師だ。今回の遠征で神殿から派遣された。
2人の会話と自分の体の状態を熱に浮かされた頭で整理する。自分はドラゴンに噛みつかれてどうやら魔気を体内に取り込んでしまったようだ。それを浄化師が取り除いてくれようとしたが、完全に浄化できていないらしい。そのため体が熱を持って苦しんでいる。
ミライヤは浄化できないことを怒り、浄化師に文句を言っているようだ。
「ミライヤ落ち着け」
「こんな時にどうして落ち着いていられるのよ」
すぐ近くにアクトがいたようで、彼女を宥めているが、今度は標的をアクトに変えてミライヤが怒鳴る。
「隊長が心配じゃないの。ずっとこの調子なのよ。浄化さえしっかりできれば治せるのに」
「そうは言っても、この浄化師では無理なんだから、新しく派遣されてくる浄化師を待つしかないだろう。そのための移動をしているんだ」
普段無口な彼がミライヤを落ち着かせるために、言い聞かせるように話していく。それはアクト自身への言葉のようにも聞こえた。
移動しているということを聞いて、アルベルトは自分の置かれている状況を把握した。体に小さな振動が伝わってくるのと、寝かされて見上げた先が布張りの天井だったことから、荷馬車の中なのだと推察できた。自分は今どこかに運ばれているらしい。
声を出そうとしたが、熱で言うことを聞かない喉は言葉を発する力を持っていなかった。荒い呼吸だけを繰り返す。
「と、とにかく、今は体内の魔気が暴れないように浄化の力で抑え込むしかありません」
黒騎士がにらみ合っていると、恐る恐る浄化師の青年が口を挟む。
「もうすぐ指定された街に着きます。そこに行けば連絡を受けた浄化師と合流できますから」
そう言って、青年がアルベルトに近づいてきた。そこで目が合った。
「隊長さん?」
青年が首を傾げると、黒騎士2人が猛烈な勢いでこちらを見て顔を覗き込んできた。
「隊長!意識が戻ったんですね」
「しっかりしてください。私を庇って死ぬなんて許しません」
心配そうなアクトと今にも泣きだしそうなミライヤの顔を見て、アルベルトはもう少し頑張らなければと思った。それと同時に、王都に残してきた婚約者の顔が脳裏に浮かんだ。
無事に帰って預かっているペンダントを返す必要がある。今度はどこへ一緒に出掛けようか。ほとんど外出しない彼女に新しい世界を広げてあげたい。目が不自由でも楽しいことをたくさん感じることはできるのだと教えてあげたい。
彼女の笑顔を思い出して、もう一度会いたいと強く思いながら、再び意識を手放した。




