第9話 世話係レーゲン
レーゲンは15歳から王宮で使用人として雇われている。シャルロッテのように特定の王族等に仕えているわけではない。現在は18歳のためもう3年になる。
この国の成人は15歳だ。
15歳までは学校に通い、両親の仕事の手伝いもたまにやっていた。実家はテーラーを営んでいる。
王宮に来てからは王宮内の掃除等の雑務が多かった。そのことに不満はなかった。就職先として王宮は申し分なかったし、稼ぎも良い方だ。
いずれは実家のテーラーを継ぐことになるのだろうか。
そんな曖昧な人生設計を持ちつつ日々の業務に勤めていた。
その日も変わらない日常だった。いつもの通り使用人用の宿舎で起き、身支度を整え、朝ご飯を食べ、割り当てられた場所を磨く。
昼休憩に昼食を摂った後はまた別の場所を割り当てられている。
掃除は好きな方だ。ペースも問題ない。そう思いながら階段の手すりを磨いていると声をかけられた。
「レーゲン・シュナイダーは君か」
振り向くと、知らない男だった。制服を見るに王宮魔術師だろう。
窓から入る陽は暮れ、暗くなり始めていた。
「はい、私ですが、いかがしましたか」
王宮魔術師は王宮従事者の中でも地位が高い。
レーゲンは作業の手を止め、手すりを磨く雑巾を足元に置くと階段下にいる王宮魔術師のところまで階段を駆け下りた。
「今から緊急会議があるのだが、シュナイダーにも出席してもらいたくてな。18時に西棟5階の会議室に来てくれ」
「私が、ですか」
全く心当たりのない呼び出しに警戒する。
いったい何の緊急会議なのか分からず、思わず質問した。
「そうだ。遅れるなよ」
会議の主題を教えてくれることもなく王宮魔術師の男はそれだけ告げると踵を返して行ってしまった。
「一体何なんだよ」
疑問と警戒、不安を残して去っていった男の背が見えなくなるとレーゲンは思わず独り言ちる。
何かしただろうか、とも疑ったが、王宮魔術師がわざわざ伝えに来たのが気になる。
仕事上彼らと接点はない。
今度の儀式の件だろうか。王宮魔術師が抱える直近最大の仕事といえばこの国にある儀式の件だ。
この時期に王宮魔術師から声がかかるとしたらそのくらいしか思い浮かばない。
しかし、レーゲンの主な仕事は掃除だが、儀式に使う礼拝堂は王宮魔術師自らが掃除をしているという。
儀式に間に合わないから掃除を手伝ってくれといった内容だろうか。
18時に向けてそんなに時間がない。今日の仕事内容を終えてからだと到底間に合わない。そう判断したレーゲンはすぐさま自分の上司を探し、会議に出席するよう言われた旨と自分の仕事を引き継いだ。恐らく上司が作業の早い同僚に引継ぎをしてくれることだろう。
上司への報告を済ませると小走りで西棟へと向かった。
会議の内容は驚くものだった。生贄となる第一皇女様の身代わりに悪魔を立てる。その悪魔の世話をレーゲンが任された。
なぜ自分なのか。疑問に思ったが、恐らくは誰でもいいのだろう。契約をしたというシャルロッテ・ダンナーは第一皇女様の世話という仕事がある。
悪魔なんて見たこともないから自分の言い当てられた仕事がどのくらい危険なものかは分からない。王宮魔術師のロザは魔力を封じる拘束をしたため、目を覚まさないか何もできないと言っていた。
まるで自分が悪魔に生贄としてささげられたかのような気持ちで、レーゲンは会議の後、第一皇女の使用していた部屋の掃除に取り掛かった。ついさっきまでこの部屋にいたらしい第一皇女は使用人の手を借りて別の部屋に移動になったらしい。
今日からこの部屋はレーゲンが世話をするという悪魔が使うこととなった。随分待遇が良いなと思いながらも黙々と一人で掃除をする。
悪魔の世話係を命じられたのはレーゲン一人だ。
王宮魔術師からレーゲンの事情はレーゲンの上司に報告することとなっている。どこまでを話すのかは分からないが、王宮の掃除といった仕事は明日から少なくなるだろう。
掃除を終えた後に礼拝堂へ向かう。礼拝堂に入るのは入職した時以来だ。
祭壇近くの床に男が一人転がっていた。その男を見張るように王宮魔術師の男が数名待機している。
「悪魔の世話係を申し付かったレーゲン・シュナイダーです」
王宮魔術師に自己紹介をすると待機していた男たちの表情にわずかに安堵が映る。
「部屋の準備はできたか」
王宮魔術師の一人が聞く。
「はい」
転がっている男を見る。この男が自分がこれから世話をする者か。
自分と年齢はそう変わらないように見えた。くすんだ金髪に上等な服を着ている。悪魔だと知らなければ貴族の若旦那といった風貌だ。意識はない。
「まずは、この悪魔の着替えを手伝ってくれないか」
王宮魔術師が言う。想定外だった。
「悪魔は身に着けるものに魔力を保持する。だからこの服に着替えさせたい」
そう言って差し出されたものは簡素なチュニックとパンツだった。
王宮魔術師の指示通り、この場にいる男4人で悪魔の服を脱がせていく。ご丁寧に髪留めまでも取り上げる。
意識のない男の服を着替えさせるのはだいぶ重労働だった。大柄ではない男だが身体がとにかく重い。腕一本でも重い。
何とか着替えさせると担架に乗せて先程掃除した部屋に運ぶ。
階段掃除をして今日の仕事は終わりだと思っていたのですでに疲労困憊だ。
部屋のベッドに悪魔を放り込むと自分の宿舎の部屋に一度戻った。鎖を何処にも繋がなくて良いとの指示だったが、随分対応が甘い。悪魔といってもそんなに危険はないのだろうか。このまま意識を戻さないままでいてくれたら突如言い渡された仕事もだいぶ楽な仕事になるだろう。
少し休んだ後にもう一度悪魔の部屋に足を運ぶ。
扉をそのまま開けようと手をかけると部屋の中から人の声がした。
扉を開ける寸前に動きを止め、ノッカーを鳴らす。
悪魔は目を覚ましていた。枷を外すまで目を覚まさないって言っていたじゃないかと心中で王宮魔術師に文句を言う。目を覚ましたとしても何もできないとも言っていたが。
部屋には第一皇女様付き侍女のシャルロッテが訪室していた。会議の内容ではこのシャルロッテが悪魔と契約したんだったか。
シャルロッテは同僚ということもあり休憩室でたまに話をする仲ではあった。柔らかい物腰のイメージを持っていたが悪魔と契約するなんて正直驚いた。
悪魔のほうはベッドに胡坐をかいて座っていた。
「目が覚めたのか」
悪魔に話しかける。これから世話をする相手だが何しろ悪魔だ。自然と警戒が滲む。
シャルロッテが椅子から立ち上がる。
「アル、こちらレーゲン。私の同僚の一人です」
シャルロッテに紹介されレーゲン自身も自己紹介をする。
「この王宮に仕える使用人のレーゲン・シュナイダーだ。暫くあんたの世話係を命じられた。シャルにはリア様の侍女という役割もあるしな」
レーゲンの自己紹介を受け悪魔が表情が疑問にゆがむ。
「ねぇ、なんでこんなにもてなしてくれるんだ?部屋も用意してくれて服もくれて、世話係まで用意してくれて。この拘束がなかったらまるでお客さんじゃないか」
そういうと悪魔は見せびらかすように枷と鎖を持ち上げてじゃらりと音を立てる。
レーゲンはシャルロッテのほうに視線を向けた。
「まだ説明してなかったのか」
シャルロッテの表情がゆがむ。
「まぁいいか。俺が説明する。シャルから契約の経緯を聞いたロザは、あんたを殺さないと決めた。そもそもあんたを殺すのって難しいらしいな。この国で第一皇女様が生贄にされる理由は魔力の高さ故らしい。だからロザは姫様の代わりにあんたを生贄にしてみてはと考えた。どうなるかはわからないけど試してみる価値はあるのでは、というのが王宮魔術師たちの判断だってよ」
悪魔がベッドの上に視線を落として大きなため息をつく。
悪魔の意識が戻ったのなら、世話係として世話をしなければならない。
レーゲンは一度退室すると調理室に向かった。この王宮には料理人も数多く在籍している。料理人の一人を捕まえて、一応客人の世話係を命じられた旨とこれからの料理の相談をした。
王宮で食事を摂るのは王族だけではない。住み込みで働く従業員も食事はする。
客人は来賓のレベルではないため、従業員の食事と同レベルで良いのでこれから用意してほしいと申し出る。
世話係を命じられただけで細かい指示は無いに等しかった。自分でどう世話をするか考え手配しなくてはならない。多少面倒くさいと思うところもあるが、指示がないということは逆に言うと自分の好きにやっていいとレーゲンは解釈した。
グラタンを盆にのせて持っていく。先程部屋で休憩した時に自分も食べたメニューだった。
悪魔の名前はアルトゥールというらしい。
アルトゥールの第一印象はそんなに悪くはなかった。明るくて飄々とした性格のように見える。悪魔は人を誘惑するものだから、人好きのする対応に慣れているのかもしれない。
キノコが嫌いという妙に人間臭いところもあった。
あんまり怖い奴よりもこういう方が世話のし甲斐がある。しかし、気を許してはいけない。なんといっても相手は悪魔だ。
自分は、言われた仕事をこなすだけだ。願わくば、この仕事があまり危険なものでなければいい。
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